2015年7月31日金曜日

ネットで見つけた癌細胞を死滅させる周波数の記事

音楽の世界では、ソルフェージュというのは基本中の基本。
その周波数が違う効果を表すというyoutubeの記事がありました。

癌細胞死滅させるのが、周波数444Hzなのだというのです。


2015年7月30日木曜日

無抵抗でいるという人が6割以上だというが本当なのだろうか?

日本国にも、現に刑法というのは制定されている。
「誰が犯罪を犯すのだ?」などという人はいない。それどころか、現状に合わせて時には改定される。
犯罪が起こったときには、それに基づいて対し対処できるように備えている。

一方、国防ということななると、「一体どこの国が攻めてくるんだ?」と臆面もなくいう知識人というのがいる。
そんな事態はないかもしれないが、もしそんなことがあったらどのように対応するかということを事前に決めておくことが備えというものであろう。

もっとも、マスコミによれば、そんな事態に立ち至ったら無抵抗でいるという人が6割以上もいて、そんなときは自衛隊が戦えばいいとしているのだとか。本当なのだろうか?
誇り高い日本人が、他国の蹂躙に耐えられると思うのだろうか?

日本は、現状では攻められたらひとたまりもなく滅びざるをえないであろう。一国では守りきれるようなものでないことは、下記の比較でも明らかである。
抑止力が働くことで、それが避けられるとしたら、考慮する価値はあると思うのだが、それに反対の声のみが報道されるから、判断のしように困る。


ネットに出ている軍事力比較 2015年1月9日資料

中国軍
【陸軍】
兵員:約160万人
歩兵師団23個(うち機械化4個)、歩兵旅団29個(うち機械化5個)、機甲師団9個、機甲旅団8個、砲兵師団2個、砲兵旅団17個などから構成されている。
兵器:戦車約7400両、航空機8機、ヘリコプター約650機などを保有。
【海軍】
兵員:約25万人
海軍航空部隊約26千人、陸戦隊約1万人、沿岸防衛陸上部隊約28千人も含まれる。
艦艇隻数:約890隻(うち航空母艦1隻、中国版イージス艦6隻、原子力潜水艦9隻)
艦艇総トン数:132万トン
航空機数:624機(艦載ヘリコプター39機、陸上固定翼機585機)
【空軍】
兵員:約33万人
航空兵、地上防空兵、レーダー兵、空挺兵、通信兵、電子対抗兵、技術偵察兵、化学兵器防護兵
などから構成されている。
保有機:約2500機(戦闘機は約1570機、攻撃機/爆撃機は約550機、輸送機は約300機)
【核兵器】
保有核弾頭数:約250

韓国軍
【陸軍】
兵員:約52万人
1軍司令部、第2軍司令部、第3軍司令部、首都防衛司令部、特殊戦司令部、航空作戦司令部
などから構成されている。
兵器:戦車約2300両、ヘリコプター約450機などを保有。
【海軍】
兵員:約68千人
うち海兵隊員27千人が含まれる。
艦艇隻数:約190隻(うちイージス艦3隻)
艦艇総トン数:15万トン
航空機数:81(艦載ヘリコプター47機、陸上固定翼機21機、陸上ヘリコプター13)
【空軍】
兵員:約65千人
作戦司令部(南部戦闘司令部、北部戦闘司令部、防空砲兵司令部)、軍需司令部などで構成される
保有機:約790機(F15Kが60機、F16/KF16戦闘機が164機など)
【核兵器】
保有核弾頭数:0

自衛隊
【陸自】
兵員:約147千人
戦略単位として北部方面隊、東北方面隊、東部方面隊、中部方面隊、西部方面隊、中央即応集団、
防衛大臣直轄部隊で構成されている。
兵器:戦車740両、固定翼航空機27機、ヘリコプター約500機を保有。
【海自】
兵員:約45千人
日本はイージス艦をアメリカに次いで導入し、保有数も世界で2番目である。
艦艇隻数:136機(うちイージス艦6隻)
艦艇総トン数:44万トン
航空機数:約170機(固定翼哨戒機約80機、回転翼哨戒機約80機、回転翼掃海・輸送機約10機)
【空自】
兵員:約47千人
日本各所に28ヶ所のレーダーサイトを設置して、状況に応じて早期警戒機、早期警戒管制機による警戒態勢を敷いている。
保有機:約400機(主要戦闘機はF-15J201機)
【核兵器】

保有核弾頭数:0

黙って静かにしていてくれるのもサービス

日本の美徳の一つである「おもてなし」というのは大事なことだと思うけれど、「内心やめてほしい」行き過ぎたサービスというのもある。

そんなもののランクというのがネットに載っていました。
1位 店に入るなり「何をお探しですか?」などの声かけ
見るだけで買わないつもりの時は特に煩わしい。次からその店には行かなくなる。
2位 店で購入後、店先までの見送り
客面したくもないし、気恥ずかしい。
3位 タクシーの運転手があれこれ話しかけてくる。
黙って静かにしていたいときの方が多い。
4位 美容院や床屋で、あれこれと話しかけてくる。
5位 飲食店で注文時の「ハイ喜んで!」
マニュアル言葉なのだろうが、喜んでいるようには見えない。
6位 レジでお釣りを渡すとき手を添えてくる。
小銭を落とさないようにということなのだろうが・・・
7位 コンビニで商品の入った袋を渡すとき、口を撚って手渡す。
   袋の口が開いてたって万引きなんてしないってば!

2015年7月29日水曜日

日本は島の数が6852もあるので

知っていそうで知らない日本の面積

国土面積 約38km2 世界で61位
領海(含:内水) 約43km2
接続水域 約32km2
排他的経済水域(含:接続水域) 約405km2
延長大陸棚※ 約18km2
領海(含:内水)+排他的経済水域(含:接続水域) 約447km2 世界で6位
領海(含:内水)+排他的経済水域(含:接続水域)+延長大陸棚※ 約465km2
日本の島の数 6852
日本の距離は、本土の長さ位が鹿児島の先に存在する。

石垣島の島民は、日々外からの脅威を肌で感じているのだという。

相手が嬉しくなるような褒め方を

人を褒めて良い気持ちにさせることは、人間関係にとって大事ですが、わざとらしくなくそれをするのはかなり難しい。

「○○さんが褒めていましたよ!」というふうに第三者から 褒められた場合、直接本人に褒められるよりも影響力が強いという心理的効果を“ウィンザー効果”といいます。
日頃から人の良い部分を他人にもシェアすることで、多くの人のモチベーションを上げ、本人の嬉しさも引き上げることができます。

「褒めるなんて恥ずかしい」ということは、普段感じていることですが、まずは「ありがとう」から始めてみるのが良いのだと言う。

褒めることの第一歩は「○○をしてくれて助かった(役に立った)、ありがとう」という感謝の気持ちです。
能力が優れていることが認められるよりも、それがどれだけ役立ち喜んでいるかを実感できる
言葉をかける方が、相手にはずっと嬉しいものなのだという。

感謝の気持ちが伝われば、仕事の成功にも人間関係の向上にもつながります。

2015年7月28日火曜日

自分の頭で考えなくてはならない安保法案だけれど

思いあがっていないだろうか?「誰の子供も殺させない」といってデモをしているのだとか。
安保法案は、どちらかと言えば「殺されない」ためにどう備えるか、という法案だと思っていたのですが・・・(どちらかと言えば、殺される恐れの方が圧倒的に大きいようにみえる。)
自衛といっても、日本一国だけで国を守りきれるとはとても思えない。
備えをしないということは、「殺されても一切文句はいいません」ということなのだろうか?
「話し合いで解決すれば良い」と口を開けばそういうが、そういうのなら、話し合いをして見せて欲しい。そんなのは空論であって、一体誰がそんな能力を持っているというのか?何かひとつでも解決したものがあるとでもいうのだろうか。世界は、お花畑ではないというのが現実である。
戦争をしないための抑止力としての法案だというのに、今にも戦争に出かけていくかのように「戦争法案」だとレッテルを貼りつけて反対を叫ぶ人たちは、法案の中身を読んでそれを理解したうえでそうしているのだろうか?
前の政権交代でこりごりした筈の人は多いと思うが、またまたマスコミの宣伝に乗っているのではないかと危惧する。自分で考えないと、いざというときに臍を噛んでも間に合わない。
もって瞑すべし。大人しく家族共々死ぬことを選択するということでないなら、一体どうやったら安全が保証できるのかということなしでは無責任だと思う。

軍事的空白あるいは弱点があればそこをついて浸出した事実から目を逸らしているわけにはいかない。チベットにしてもウイグルにしても、たまたま漏れてくるニュースを見れば、その惨状は何とも言い難い。
地続きが済めば、次は海洋。南シナ海や東シナ海ということになる。
共産国家であるにも拘わらず、一部の大金持ちと多数の貧困層の格差から噴出する不満は、覆い隠しようもなくなるのが普通の流れ。
目を逸らすには、外に出るというのが常套手段ではないか。

世界の多くの国がどこかの国と何らかの同盟関係をなぜ結ぶかといえば、そのほうが戦争のリスクを減らせるからである。集団的自衛権の行使は同盟関係の基本中の基本であり、何らかの同盟関係を結んでいる国であれば、そんなことはそもそも議論にさえならない。
しかし、日米同盟がありながら、集団的自衛権の行使の是非を議論して揉める日本は、他国からみれば不思議な国だといえよう。
多くの国では、日本が集団的自衛権の行使をするといったら、同盟関係がありながら集団的自衛権の行使を認めなかったこれまでの「非常識」を、世界の常識に変えようとしているのだとくらいにしか思わない。
だから世界の国では、日本の集団的自衛権の行使について、中国韓国を除いて殆どの国が理解し賛同している。
中国が反対するのはわかるが、韓国の反対は解らない。まあ、日本がすることには全て反対ということなのかも知れない。
変なレッテル貼りがされたニュースにのって騒ぐのではなく、一人一人が真剣に考えなければならないのだと思うのです。

誰だって、戦争は絶対反対なのですから。

脳と腸内細菌は何を通信しているのだろう?

オレゴン州立大学の獣医学教授、及びライナス・ポーリング研究所の主任研究員でもあるキャシー・マグナッセン博士は、こう語っているといいます。
「私たちの腸内細菌や微生物が、脳とコミュニケーションをとっていることは明らかです。細菌は、神経伝達物質を放出する感覚神経、または免疫系を刺激し、生物学的な機能へ広い範囲で影響を与えます。どんなメッセージが通信されているかは分かりませんが、現在その経路と効果を研究中です」

最近、腸内細菌のことが話題にでるようになりました。体の中にあるものは、必要があって微妙な働きとバランスをとっているということらしい。

2015年7月27日月曜日

奴婢が人口の4割もいたのだというが

韓国人に聞くと、自分の先祖は両班だったと言う人が殆どなのだとか。
他人の先祖の詮索をするつもりはないからどうでも良いけれど、両班(人口比率は少ない)と中人・常人を合わせて約60%。その下の賤民(奴婢、白丁)が約40%も占めていたという。
歴史を歪曲するなというなら、その40%にも及ぶ子孫はどこに行ってしまったというのだろう。

彼の国は、身分制度が厳しかった。
王族
両班(ヤンバン)官僚
平民(中人、常人)
韓流ドラマを見ていて解るように、両班を一番上に、中人(チュンイン・雑科を出す階級)、常民(農民)、賤民と言う四段階の身分制度ができあがっていた。

常民以上を良民と呼び、賤民は良民に戻る事が可能な奴婢(ノビ)と、それが不可能な白丁(ペクチョン)で構成され、居住や職業、結婚などに様々な厳しい制約が加えられていた。

奴婢には国が所有する公奴婢と、個人が所有する私奴婢にわかれていて、家畜同様に市場で売買などが行われた。人として扱われていたのではない。
賤民は八賤、七賤とも言われ、白丁以外には、僧侶、巫堂(ムーダン)、妓生(キーセン)などもそれに含まれる。
奴婢(男の奴隷が奴、女の奴隷が婢)は、品物のように売買・略奪・相続・譲与・担保の対象になった。
かれらはただ、持ち主である主人のために存在する主人の財産であるため、主人が殴っても 犯
しても売り飛ばしても、果ては理由もなく首を打ち落としても、何ら問題とはならなかった。
ことほどさように、いとも簡単に主人は碑女たちを性の道具 にしても構わなかった。
ただ、そのことにより奥方たちの嫉妬を買った碑女は、打ち据えられたり、 ひどい場合は打ち殺されることもあったのだという。それは口にするのも憚られるほどに凄惨を極めた。

奴隷といへば、そういうもの。彼の国にあった制度なのだから、解り易い筈。
性奴隷と声高に言うが、本人に止める自由があり、休日があり、高額な報酬を得ていたという事実があるとしたら、職業としては不幸であると思うが、それを奴隷とまでは言えまい。
強制連行であったとも主張しているようだが、どこを探してもそんな証拠はでてこないというし、米国が8年の歳月と膨大な費用をかけて検証した結果も同様だという。
もっと不思議なのは、20万人といえば、その当時の人口比率から考えて、どれ位膨大なものだったのかということ。
そんなことがされていて、彼らは指を咥えて見ているだけで何も抵抗できなかった腰抜け揃いだったというのだろうか?

そういうことを疑問に思う人が一人もいないのだろうか?

真実を知るには、感情的にではなく、それがどんなに快くなくても、冷静に事実を検証していく以外にない。真実が明らかになれば、それは曲げようも無く強いものになろう。

脚が多い虫は嫌い?

男でも退治できない「苦手な虫」ランクというのがあるらしい。
親が嫌うと子供も嫌うということになるのだが、大の男が虫に触るどころか見るだけでキャアキャアいっているのは、軟弱すぎないか?
やはりゴキブリが女性と同じく断トツで嫌われ者だというが、大まかに見ると、1位のゴキブリと3位のウジ虫をのぞき、脚の数が多い虫が上位に挙がっているようです。

1位 ゴキブリ
2位 ムカデ
3位 ウジ虫
4位 クモ
4位 ゲジゲジ
5位 毛虫
6位 ダニ、シラミ、ノミ
7位 カメムシ
8位 カ
8位 ガ
9位 ハエ
10位 芋虫

その他、カマキリはまだしも、カブトムシ・セミ・トンボにも触れないというから、夏休みの自由研究を手伝うなんてことは、とても期待できない。


2015年7月26日日曜日

足首にある「絶骨」というツボ

どうしても、PCや細かい文字を長時間読むことが多いから、目が疲れます。
それによって起こる目の奥の痛みは、頭にズシーンと響く感じでつらいものです。
眼精疲労の可能性が高く、頭痛や肩・首のこりなど、他の部分にも不調が広がりかねません。
しかしながら、安易に目薬に頼るというのも、最近は気を付けた方が良いという説がある。
そんなときは、足首の外側のくるぶしの上、人さし指で3本分くらいの場所にある「絶骨」というツボを押すと良いらしい。「絶骨」とは耳慣れない名前ですが、眼精疲労に効果があるツボだといいます。目が痛い、疲れたと感じたら、すぐに試してみてください。


2015年7月25日土曜日

聞く力があるかないかで

自分のことばかり話したがるひとというのは多いが、現代における1番大切なビジネススキルは、「聞く力」であるといわれます。
トップリーダーたちの持つ強み(批判的思考、改革、共同作業、迅速な問題処理)には、聞く力が必要とされる。聞き上手であらねばならない。
技術の進歩により膨大な知識や機械へのアクセスが可能となり、長い経験を要した業務もすぐに手に入れ行える世の中になりました。そのため、ものごとをしっかりと聞いて学び、上手に適用できる力が、人生における成功と失敗をわけるのだといいます。


2015年7月24日金曜日

母国語に翻訳できなければ外国語をつかうよりない

学問というのは、言葉があるからできる。
ことに学術研究は、概念としての言葉の定義が明確になされていなくてはできない。
明治期に欧米先進国の文明を取り入れるとき、先人たちは外国語を見事なまでに日本語として翻訳した。それがなければ教育は外国語によらねばならなくなるのは当然の帰結であるが、そうはならずにすんだばかりでなく、先進的な研究も可能になっている。

その当時に、西欧の文化文明を適切に表す日本語というのには足りない言葉が沢山あったに違いないが、日本語に訳す、あるいは新たな日本語を作って意味が理解できるための基本的教養というのがあったということでありましょう。

勿論、そのために多大な苦労があったであろうが乗り越えてくれたおかげで今がある。
この恩恵は漢字圏に伝わり活用されたのは事実である。中国でも韓国でも、そのとき日本でできた漢字熟語は、認めたくはないだろうが使われている。
そのことによって、いかに教育や文化が進んだことか。

それが面白くないといって漢字を廃止したのだというが、それによって後退してしまったことに気づくには時間がかかりそう。



2015年7月23日木曜日

機嫌が悪そうだと思われてしまう顔つきは

口を「への字」に結んで、というのは機嫌が悪いことを表現するときによく使われる。
その上に腕組みまでして話をしたら、人はよりつかなくなる。すなわち運は逃げる。

自分の顔は自分がつくる。
人相的に見て口角が下がっている人は、そのことで不機嫌そうに見え、周囲を嫌な気分にさせてしまいます。
自分で自分の顔立ちがそうであるとおもったら、普段から意識して気を付けた方が良い。
自分ではそんなつもりはなくても、周りからみたらそうなのだと認識できれば、対処の仕方はあるはずです。
明るくニコヤカな顔に、運は集まってくる。
人に好かれるひとというのは、努力しているものです。


2015年7月22日水曜日

時代考証ひとつとってみても

TVのチャンネルをひねると、時代劇現代劇取り混ぜて、これでもかという位、韓国製のドラマのオンパレードである。
そんなに人気があるのだろうか?

何を根拠にして自信たっぷりにそういうのか知らないが、「日本より道徳的に優位にある」と彼の国がのたまうから、理解する一助になるかと、端からどんどん見ての感想だが、この手のものを自慢たらしく海外に広めるのは、余計なお節介かも知れないが、人として返って呆れられるから逆効果なのではないかと思えてならない。

なぜなら、裏切り・陥れ・ごまかし・言い逃れ・自己中心的な考え方の連続がどの番組にも共通で、悪いのは全て他人、道徳的どころか人倫にはずれたことを平気でしても恥じることのない人間が幅を利かす、というものばかりだからである。
とにかく後味が悪いこと夥しいのであるが、彼らのものの考え方を知るには良い教材だと思って、我慢して見ている。
反面教師としての勉強にもなる。ローマ法王が、倫理的霊的に生まれ変わる必要があるとおっしゃったこと、むべなるかなと思える。

他国の文化だからどうこういう心算はないけれど、根本にあるものを理解しておくには、目を逸らさないことも勉強のうちだということにしている。
因みに、100年前の韓国の写真というのがネット上にあったが、ドラマの煌びやかな衣装とは大分違っている。時代劇(王朝もの)の時代考証というのは、全くしないのだろうか?

食事マナーで人柄まで評価され嫌われる?

食事の仕方で育ちや人柄をみられ、それによって嫌われるということは多い。
感覚的に受け入れられないものは理屈ぬきだから、評価を取り戻そうと思っても、後からでは難しい。
食器に人差し指をかけて持ったり、箸で器を引き寄せたりは論外だとして、嫌われるマナーのランクがあるのだという。


1位 クチャクチャと音をたてて噛む
2位 店員に対する態度の悪さ
3位 咀嚼しながら口をあけて喋る
4位 食べ方が汚い(魚の骨がグチャグチャなど)
5位 箸やナイフ・フォークの持ち方がおかしい
6位 犬食い(お椀やお皿を持たずに口を近づけて食べる)
7位 偏食・好き嫌いが多い
8位 姿勢が悪い(テーブルに肘をつく、足を立てる等)
9位 食べ散らかす(テーブルに食べかすなどを散らかす)
10位 気が利かない(相手に料理を取り分ける・調味料などを回す等)

将来を一緒に過ごそうと考えている同士であったら、100年の恋も一遍で冷めること請け合いです。

2015年7月21日火曜日

旅行手荷物を少なくする工夫

夏休みに少し長いめの休暇をとって、海外旅行をしようと考えるとき、持っていく荷物をいかに少なくするかには工夫がいるものです。

旅にでる期間が長ければ長いほど、その日数分の服が必要になり、その分荷物が増えるということになります。
そこで、洗濯しやすく乾きやすい服、着回しがしやすい服を持っていき、現地のホテルなどで夜に洗濯して間に合わせられるようにする。
アイロンがけなどが必要とならないシワになりにくい素材を選ぶ。
下着や靴下、タオルなどは、場合に世手は捨ててしまっても惜しくないものを持って行く。
持っていくかどうか迷うものは、置いていく勇気もひつようです。いざとなったら現地で購入することで間に合います。
なるべく身軽でというのが、楽しい旅をうみます。

2015年7月20日月曜日

無人島だから守らなくてよいと言われても

TVでよく顔を見るジャーナリストが対談しているのを見ました。
いつも自論を頑固に主張して、相手の言うことに耳を傾けることはまずみたことのない人です。

いわく「一体どこの国が日本に攻めてくるというのか?」
聞かれた方だって、公の場でそんな危惧のある国名をあげるわけにはいかないということが解っていての極めてあざとい問いかけ。
モンゴルやチベット、南沙諸島や尖閣諸島、小笠原近海でも相手を組みし易しとみれば押し込んでくるのは承知の上で言っているのである。
挙句に、「尖閣は無人島なのに、占領されたら奪還するために戦うのですか?そんなところで戦う必要はない。」と言い放った。
馬鹿いっちゃあいけません。固有の領土には無人とはいえ領海もあれば排他的経済水域、領空というものがある大切なものです。
そしてさらに、「本土が攻められたら、自衛隊が戦えばいい。」自衛隊のことは最近まで認めていなかった人だと思うが、ついに「国民が一致団結して防衛しよう」とはいわなかった。他人事なのである。

戦争にならないようにする抑止力として安保法案が上程されたと思うのだが、マスコミを含め、それを「戦争法案」だと本質を曲げて決めつけ、すぐにでも戦争になるようなことを喧伝して、議論の本筋から目をそらせようとしているばかりでは、国民の理解が進むはずがない。

ものごとは、それが起こる前に備えをしておくというのは当然なのではないだろうか?
だからなのか、憲法を改正してからなら、安保法案は賛成だという人は意外に多いように感じる。
憲法改正には時間がかかるから、解釈で対応しようとしている知らされていない緊急性があるのかも知れない。

日本が平和でこられたのは、憲法9条があるからだというのは、余りに一面的すぎる。
冷静に考えて、日米安全保障条約という同盟関係があったからだという側面を否定しきれまい。
(日米安保条約は、過激な反対運動に晒されたが、今は一定の評価をされている、)

一旦有事ということになって、助けに入ってくれる人が殴られていても「わしゃ知らん。」では、普通に考えて通らないと思うのだが、良い対案があるのならそれを提示して皆で議論を尽くすべきだと思う。
現実問題を考えるときは、感情論ではすまない。誰かの意見に引きずられるのではなくて、自分でもじっくり考えてみたいのです。

使い合っている社交辞令だけれど

歯の浮くような嘘くさいお世辞を言うのもきらわれるが、言われると「社交辞令」だと感じる言い回しのランクというのがあるのだとか。
心の籠らないことを言ってみたところで伝わらないから、止めておいた方が無難です。

1位 「一度(ずっと)お会いしたいと思っていました」
2位 「今度飲みに行きましょう/飲みに連れていってください」
2位 「前向きに検討します」
4位 「近くに来たら、いつでもお立ち寄りください」
5位 「もうお帰りになるんですか。残念だな」
6位 「お噂はかねがね伺っています」
6位 「また近いうちにお会いしましょう」
6位 「さすが○○さんですね」
9位 「ご一緒できて光栄です」
10位 「お若いですね/お若く見えますね」

けっこうどっかで口にしていることかも知れません。

2015年7月19日日曜日

抑止力を持つと戦争になるというけれど

戦争が好きだとかしたいとか思う人は殆ど皆無に近い。
殊に日本においては、アレルギー反応に近いほど、それを避けたいと思っていることに、誰もが疑いを差し挟めないであろう。

であるから、そのための抑止力は必要なのだと思う。
抑止力とは、力による侵攻を事前に躊躇わせるものということ。
「何もしないでも良い」というならそれでもいいが、現実的ではないように思える。

個別的自衛権はあるが、集団的自衛権をもつことはならぬという。
では、個別的自衛権だけで国を守ろうとしたら、現在程度の防衛力を保持するのに、最低でも年に23兆円必要だとされていることについては、目を逸らすということなのか?
同盟関係を打ち切るということならそうなる。

それは、同盟関係にある有形無形の利益を全てなくし、剥き出しで諸外国に対峙していかなければならないことと同義である。日本にそんな実力はあるまいし、そんな覚悟を持てる人だっているとは思えない。

戦争戦争と、今にもそれに突入するようなことをいうが、第二次大戦後、日本が海外に出かけて戦争できるような軍事力は持てていないのが事実ではないのか?

憲法9条があるから、日本は戦争に巻き込まれなかったというが、北方領土を侵され竹島を掠られても、それを奪い返すことをしなかったということにおいてはそうであろう。
だが、冷静に考えたとき、強大な米国の庇護があったから、一人平和を守れたという側面を見落とすわけにはいくまい。

日本は、個別的自衛権が最優先されるが、同じ敗戦国である独逸は、集団的自衛権が働いているときしか個別的自衛権が行使できないという冷徹な事実もある。

上記のようなことは、いやしくも国会議員として名をつらねている人たちが知らぬはずもないし、マスコミに携わる人たちも同様であろう。
報道の自由は声高に叫ぶが、報道しない自由のなかに、国民一人一人が知って考えねばならないことが多すぎるのではないか?

国会の質問や答弁に、迫りくる危機を懸念させる国名を挙げるわけにいかないくらいのことは、
まじめに聞いていれば理解できる。すべてオープンにはできない。
有事に対応するに、自分のことだけしか考えないですむなどということは、日常生活においてだって、助けてくれる人に対し自分勝手では済まないことを考え合わせればわかること。


報道でも、煽るような文言ばかり並べ立てないで、考えねばならない事象をミスリードすることなくきちんと提供して、皆が冷静に判断できるようにしてもらいたいものである。

基本は左から右へが魚を食べるときの作法

近年、魚を食べる人が少なくなってきて、それに伴い魚の食べ方がキレイとは言えなくなってきたようです。
子供の頃は、魚を上手に骨だけ残して食べると、周りから褒められたものでした。

魚は食べ進める順番が決まっています。基本は頭側から箸を入れ、尾に向かって食べ進める 。
一匹まるごとでも切り身でも、左から箸で一口ずつ切り分けて食べ進める。
尾頭付きの焼き魚や煮魚の場合、頭が左、尾が右になるように盛りつけられているので、頭側の身から食べ始める、と覚えておけば作法上恥をかかないで済みます。

はじかみ(紅く色がついた茎付きの生姜)が魚の上に添えられているときは、皿の奥にはずして背側(上)の身から箸を入れて食べ進めていきます。

背側(上)の半身を食べ終わったからといって、魚を裏返すようなことはしないで、中骨の中心に箸を差し込み、腹側(下)の身から骨をはずします。
頭、中骨、尾がひとつながりになった状態で骨を持ち上げ、皿の奥側に置きます。

そうしてから皿の手前に残った腹側(下)の身を食べます。
綺麗に全部食べ終えたら、口直しにはじかみを食べます。
最後に、骨や食べ残した皮を皿の中央に集めて。尾は頭側に折りたたんでコンパクトにまとめて食べ終えたことにします。

これで、素養のある先輩から一目おかれるかもしれません。

2015年7月18日土曜日

勇気のいる決断だったと思う「新国立競技場」見直しなのに

「新国立競技場」の建設を白紙に戻して見直すのだという。
巨額の建設費がかかることから何かと物議を醸していたことを考えれば、何はともあれよいことだと思える。

ところが、建設に反対を唱えていたその同じ人たちが、見直すといった途端、今度は「政権の人気取りのためだ」と騒ぎ立てているから不思議でならない。
何がどうなっても、反対だけしたいのだと思えてならない。

この時期まできて見直しを決断するには、勇気がいったことだと思う。仮令人気取りであっても良いではないか。
人気取りであろうがなんであろうが、良いと思える方法を考えることに反対する乃至は穿った評価をする必要があるのだろうか?

あんなに多くの人たちが喜んだオリンピック招致についてまで、今頃になって反対だというに及んでは、「責任を取る人が誰もいない」といって責め立てること自体をもってして、他人のことを無責任だなどと言えはしないだろうに・・・

国会議員がビラ戦術では困る

安保法案の審議と採決をTVで見ていたが、どの党とはいわないけれど、野党は酷かった。
対案を提示して堂々と論陣を張るのではなく、法案に変なレッテル張りをして、本筋からずれた質問を繰り返すことで時間を浪費した。
国の根幹を脅かす安全保障上の問題について、一体どうしようと考えているのかがわからない。
そもそもが、尖閣問題で漁船が無法にも体当たりしてきたときの対処が悪かったことに、この法案の遠因があるのではないのか?

採決のときも、街頭デモでだって恥ずかしくなるようなビラをそれぞれが掲げるというのが戦術だとしたら、言論の府に席を置く議員としては余りにお粗末すぎる。
あまつさえ、そのビラを議場に投げ捨てていったというのだから、品性もなにもあったものではない。
強行採決が民主主義に反すると、自分たちだって散々繰り返した手法を非難しているが、民主主義とは、そもそもが手続きを踏んだ後の多数決による決定ということ。

マスコミは報道しないが、諸外国も中韓を除いて、法案に理解を示しているという。
(中国のいうことは理解できるが、韓国のいうことは理解不能)
安保法案イコールどうして「戦争」なのだろうか?
そうならないように備えるのは、極めて当然なのではないかと思うのですが・・・

周りの人たちも、マスコミが喧伝するほど多くの人が反対しているとは思えないのが現状です。
賛否の意見は等しく紹介して、多数の国民が真の理解を深めねばならない問題なのだと思う。

古事記における国譲りのようにはいかないだろうから

古事記における出雲の国の「国譲り神話」は、天津神系のタケミカズチノミコトと国津神系のタケミナカタノミコトの戦いをもってしめくくられる。
詳しく知りたい方は、古事記を読まれることをお奨めします。
タケミカズチは、鹿島神宮の主祭神、タケミナカタは、諏訪大社の主祭神として祀られている。

海外の多民族同士の戦いでは、敗者を皆殺しにしたり奴隷にしたりするが、古代の日本では、服従しさえすれば、命まではとられなくて、後に神として祀られた。
ただし、服従の証として領地は差し出した。
現代に至るも、世界にそんな国があるとは思えない。争いが起きればそれは長引くし決着はつきにくい。

国対国の関係における安全保障ということになると、国譲りなどとそんな呑気なことばかりは言っていられない。
国民の生命財産領土を理不尽に犯されることのないように備えることは必要だし、それが戦争の抑止力となるなら、考えねばならないことのように思える。
戦争が好きだとかしたいとか思っている人がいるとは思えない。

2015年7月17日金曜日

自衛する前に壊滅してしまうkも知れないとしたら

不思議に思うのだが、そもそも自衛権というものが個別的自衛権と集団的自衛権に分かれるということがあるのだろうか?
我が国の憲法が厳しすぎて、そういうふうに分けて対処せざるをえなかったことなのかも知れないが、国を守るということで考えてみれば面妖なことに思えてならない。
現状では、刑法で認められている正当防衛すら、対外的に行使するのは難しいのではなかろうか?自衛する前に壊滅してしまいかねない。
金を出し基地を提供しているんだから、他人任せでいいというのは無責任に過ぎるように思える。
応分の負担をするのがどうして非難されることに結びつくのだろう?

「戦争法」などという禍々しくもセンセーショナルなレッテル張りをし、すぐにでも戦争になるかのように喧伝して反対を叫ぶ人たちはマスコミでも大々的に扱うが、法の制定に「賛成」あるいは「やむなし」とする人たちだっている筈なのに、それは一切報道されない。

「憲法改正を先にすべきだ!」との錦の御旗を振り回すのは、一見正論にみえるが、それがいかに難しいことなのかは誰もが知っている。
改正の手順が通過するまでの時間的余裕がないのかも知れぬではないか。
オープンにできない喫緊の脅威が迫っているのかも知れないのだと肌で感じている人も多いのではないかと思えてならない。

自衛隊が違憲であると言う人は殆ど皆無に近くなり、あれだけ大騒ぎして反対した安保改正も、今や一定の評価を受けている。
時代は動くし、それにともなって変えていかなければならないものもある筈だが、その議論はタブーとなっている。

因みに、1945年に第二次世界大戦が終了して以降、アメリカでは6回、フランスでは27回、ドイツでは59回、イタリアでは15回、オーストラリアでは5回、中国では9回、韓国では9回もの憲法改正をしている。それが世界の常識でもある。

国際情勢に合わせ、或いは現状にてらして法を整備していくことは必要であろうし、そこを見ないようにして議論もできないようにしていては禍根を先延ばしにしているに等しい。

平和を維持するのには、口で唱えているだけではなくて勇気もいる。

「レッテル張り」はしがちだが

たとえ同じ事柄であっても、その人の思い込みによって楽しくなることもあれば、つらくなることもある。
心理学でこれを「認知バイアス」というのだそうで、認知バイアスは「決めつけの思考」「欲望」「感情」「自己意識」などなどに分類されるという。

「決めつけ思考」というのはよくあることです。
心理学用語で「スキーマ」という言葉は心の枠組みを意味する。

世の中には偏見が満ち溢れていて、たとえば髪を金色に染め、ケバイ化粧をし、派手な服装の女性が子どもを連れて歩いていると、「ヤンママだ」「ちゃんと子育てをしていなさそう」「家事もいい加減なんだろうな」と、知りもしないのに勝手に思いこんでしまう人は多いのではなかろうか。
このような偏見は、スキーマの一種である。
「派手な人はいいかげん」と、一括りに決めつけてしまっているのである。
実際には、真面目で良い母親かもしれない

このようなレッテル張りは、無意識のうちにやってしまっていることが多い。レッテルを張ったほうが楽だからかも知れない。
人は、とかくそうやって同じ傾向の人たちを分類したがる。そうやって分類して考えたほうが自分の中で理解しやすいということか?

2015年7月16日木曜日

曲げずに釘をうつのに



日曜大工に限らず、ちょっとした折に釘を打つことというのはよくあります。
釘を打つのは簡単なようでいて、曲げずに効きがよくなるように打ち込むのには、少しコツがいります。

木目と違う木端に打つ場合は、板の厚みの2.5倍の長さの釘
木目に沿った木口に打つときは、木の繊維が縦で釘の保持力が弱まるので、板の厚みの3.5倍の長さの釘

釘を打つ前に、四ツ目錐で釘の長さの半分くらいの深さの穴を掘る。板が割れたり釘が曲がるのを防ぐためです。

釘は一直線上に等間隔で打つ。両端を先に半分くらいの深さまで打ち、次に間を打って、様子を見ながら頭まで板に打ち込む。
釘を打つのは簡単なようでいて、曲げずに効きがよくなるように打ち込むのには、少しコツがいります。