2018年3月31日土曜日

事態を進展させるような事実は出てこない

よってたかって責め立て、自分たちの書いたシナリオ通りの答えが引き出せなかったら、「疑惑はますます深まった」などとコメントするのではナンセンスそのものではないのか?
そもそも、そのシナリオ自体が間違っている可能性というのは考えないのか?
それともわかっていてやっているのだろうか?

確たる証拠もないまま疑惑だ疑惑だと、論理的というよりも感情的にものを言って、国民が納得しないという方向付けで印象操作を繰り返しているようにしか思えなくなってしまっている。
国民の大多数の代表者のような物言いは控えて欲しいものだ。
何故なら、多数意見が支持しないから野党だということなのだから。

総理夫人が何かものを言ったら土地の値段が8億円も下がるなんてことはあり得ないということは誰にだって判る。
土地の値段は財務省その他で手続きを踏んで決定したことは確かであろう。
前提として野田中央公園の土地の前例もあったし、どちらかといえば民主党政権下のそれにこそ政治家の関与があったのではないのかとの取り沙汰もされている。

国会での質問を見ているとかなり威圧的であり、どちらかと言えば不快感をさえ覚える。
国民が見ている場であってもそうなのであるから、野党議員が調査と称して役所を訪れて役人に問い質すときにはパワハラのようなことだってあるのではないかと推定してしまう。
国民の疑惑だと野党やマスコミは言うけれど、マスコミの調査結果ではなくネット上の調査だと全く違う結果がでるのをどう説明するのだろう?
ネット上の判断を下しているのは国民ではないとでもいうのだろうか?
マスコミの調査とは比べ物にならないほど多数の人が、誰の思惑の影響も受けずに出している結論を無視し続けることができるとでもいうのだろうか?

ネット民は自分で調べ自分で判断している。
だから政権の支持率が下がることはあっても、野党の支持率が上がることには結びつかない。
野党がそんな信用を得られるような働きをしているとは思っていないのではなかろうか?
政局を演出しようにもネタが弱すぎる。
証人喚問がうまくいかなかったら早速矛先を変えて、北朝鮮が~とやるのは見苦しさしか感じさせない。そういう外交上の重要課題の審議を阻んできたのは誰なのか?

議員本来の働きを示さないとならないときに、優先すべき事案を誤っていないだろうか?
国の根幹を揺るがしかねない疑惑であったら、もう内閣総辞職か総選挙という動きに繋がっていても不思議ではないのである。

日本は三権が分立している国である。違法性があるというなら、司法がそれを調べ断罪すればよい。
国会をいつまでも空転させ、重要案件の審議がされないままでいることへの責任は、一体誰がとるというのか?それも他人の所為だとするつもりなのか?

2018年3月30日金曜日

無意識で使っている言葉でも具現化する

呪文というものがある。そもそもが、呪文というのは意味が解って唱えるものではない。
言葉というものが全ての始まりであるという認識がないと理解できない。
言葉を発することで望むことを叶えようとするのである。
初めに言葉ありきというのはそういう意味であり、いうなれば神様ごとに入るには理屈ではなく言葉からであって、そこが解らないことには進まない。
幸せになりたかったら唱える呪文は「ウレシイタノシイアリガタイ」である。

人の現状は、苦しみであれ楽しさであれ、その人のありように釣り合っているから、その人の身に現れる。
現れたらそれによって気づけということであり、気づいたらどうするかということになるのだが、
不平不満グチを言葉に出して言うなどはもってのほかのことになる。
折角現れたことで消え去る機会を得られたというのにその苦しみを掴みなおし、それが業(ごう)となって自分の周りをまわることになり、更にはもっと深い苦しみとなっていく。
何故なら、その時に吐く言葉には毒があるからである。言葉は現実化する。
悪い想念で悪い言葉を口に出していると、それは全て自分のこととなって降りかかる。

そういう人達の特徴は、自分のことばかりを言っていて、人の言うことは聞かない。場合によれば身勝手である自分のことを解かってくれないと言って人を責め立てることすらする。

不平不満グチ文句ばかり言っている人が居たら、関わり合いを避けた方が良い。そういう人は友達でも何でもないから、離れることに躊躇う必要はない。
さもないと、自分のエネルギーを全て奪われることになる。縁なき衆生としての見極めということである。
そのときにも唱える呪文は「ウレシイタノシイアリガタイ」である。

2018年3月29日木曜日

赤い花が咲く蘇芳


蘇芳(すおう)の花が咲きました。




時代小説などを読んでいると、全身を滅多切りされて、蘇芳のように朱に染まって斃れたなどという表現が出てくることがあります。
インド・マレー原産のマメ科の染料植物としても知られています。
心材や莢にブラジリンと言う赤色色素を含み、この色素を用いてミョウバンで媒染すると赤色、木灰などのアルカリ性水溶液だと赤紫、鉄を用いると黒っぽい紫に染め上がる。
中国などでは、毛織物や絹織物のほかに木材を蘇芳で染めて高価な紫檀のイミテーションなども作られていたという。
日本には奈良時代頃渡来し、独立した染料としても、紅や紫根の代用品としても貴族社会で非常に愛好された。
蘇芳花あるいは蘇芳泡と呼ばれる日本がの絵具としても使われており、紅と同じく心材を煎じ詰めたものを陶器などに塗って乾燥させて用いる。
重ねの色目にも登場し、色目は樹の断面を模した表は薄茶、裏は赤色の通年使用可能な重ねである。


2018年3月28日水曜日

野党の思惑通りにはいかなかった?

身を修め、自分自身の精神と肉体を磨き続けるという教育というものがあったから、日本はこの小さな島国も関わらず文明開化以後に急激に発展を遂げ、欧米列強と対等に戦える国力を持つに至った。
その強すぎる日本人の精神的基盤となっている教育勅語は、それを恐れたアメリカにより廃止されてしまったが、日本人の倫理観として色濃く残ったものが民度の高さを維持する遠因となっているように思える。
なんと、日本でGHQが消し去った教育勅語がアメリカでは今、The Book of Virtue』という本となっていて、聖書に次ぐベストセラーになっているのだという。
その全てが良いとは言わないが、人として育つのに必要だと思われる理想が掲げられていると思える。

教育勅語に基ずく教育を謳い文句に掲げた籠池氏は、どうもその本質は違うところにあったように思えてならない。
天皇陛下の名を騙るくらいだから、安倍昭恵夫人を利用しようとするくらいのことは朝飯前にやってのけたと思えるし、補助金詐欺もやったことが明らかとなってしまっている。
その籠池氏のどこを信じられるとしているのか解らないが、野党もマスコミも利用できればなんでもよいとして臆面もなくつかっているのではないのか。
そもそもの発端は籠池氏の小学校を潰したいことから浮かび上がってきた土地問題ではなかったのか。

佐川氏を国会に呼んでの証人喚問も、野党議員は酷かった。
隠し玉があると豪語していたがどうだったというのか。
何とか引っかけ手を使って言質をとろうとする質問に終始し、それができないと捨て台詞のような言葉を吐いて質問を終わらせるしかなかった。
自白以外は証拠がないとするなら、どっかの国の時代劇ドラマそのものではないか。

嫌がらせのように安倍夫人の名を繰り返しても、得られた結果は政治家の関与も安倍夫人の関与もなかったという証言だけであった。
偽証罪に問われる場であるから、それが嘘であるとは思えない。
「国民が期待する証言はえられなかった。」と野党議員はコメントしているが、嘘を言えという意味と同義語ではないのか。
文書書き換えは犯罪となるだろうが、土地取引に違法性はなかったということらしいから、問題点を整理して追求して欲しい。
総理が土地取引に関与していたとは思えないし、文書の書き換えは野党やマスコミにあらぬ疑いを賭けられるのを避けようとしたというのが本音なのだと思えてならない。
真実を明らかにしようというよりは国会を空転させるのが目的のようにさえ見えてくる。
土台無理筋なのである。
そんなことをやっているうちに、どちらかと言えば野党側に不利益なことが証拠付きで次々浮かび上がってきそうな気配が濃厚となってきているのではないのか?

2018年3月27日火曜日

今更どうにもならないことは

人には如何とも為しがたいものがある。
それらはいろんな関わりの中での想念となって現れ、それに捉われると、精神を苛まれる。
外に向ける想念が強ければ攻撃的になり、内に向かえば鬱状態となって、そこから抜け出せないから、それが原因となって長く続いてしまうものを「業(ごう)」という。

人は今更悔やんでも取り返しがつかないような過ちを犯してしまう。
誤った想念や行動は、ある日突然「苦しみ」となって自らの身に現れる。
原因となることがあって、因果の法則が働いているということであるから、身に覚えがないといってばかりもいられない。過去世の過ちが今表れたのかも知れない。

しかし、苦しみとして表れたということは消えるということであり、消すことのできるチャンスなのである。
消える為にあらわれたのに、それを新たに掴みなおしてしまうから、業として更に強まりいつまでも残る苦しみとなってしまう。
大いなる意思(神様といってもよい)は、人間にそんな苦しみを負わせ続けるわけがない。
何故なら、大いなる愛であり大いなる慈愛としての存在が神だからである。

ではどうするかということになるが、どんなに自分勝手なことかとは思わないで「現れたからには必ず消え去ると信じ、先ず自分を許す。自分を許すのだから他人も許す。そうして自分を愛し人を愛す。」以後、愛と誠の言行を為し続けるように努力する。

日本には昔から「禊」という風俗がある。自然に身に付いた知恵なのだと思えてならない。
もっと言えば、正月という行事がある。昨年1年間のもろもろをリセットして、新たに始めるための手続きなのだと思う。
捉われから抜け出すためなのだと思えば、意味が深いことを長きに亘って培ってきたのである。

2018年3月26日月曜日

日本人が知らない日本の人道主義者

第二次世界大戦時にドイツによるユダヤ人の組織的大量虐殺(ホロコースト)が東欧のドイツ占領地で進む中、ドイツ人実業家オスカー・シンドラーが1100人以上ものポーランド系ユダヤ人を自身が経営する軍需工場に必要な生産力だという名目で絶滅収容所送りを阻止し、 その命を救ったという実話があり「シンドラーのリスト」という映画にもなったから、これを知っている人は多い。

杉原千畝氏を「東洋のシンドラー」として絶賛する番組は多くある。彼は手書きのビザを発給することで、多くのユダヤ人を救った。
しかしこの杉原千畝氏より多くのユダヤ人を助けた樋口季一郎氏の名を知る日本人は少ない。樋口氏はイスラエル建国の功労者の氏名が刻み込まれた、エルサレムにあるゴールデンブックにその氏名が刻み込まれているというのにである。
ゴールデンブックとは、モーゼ、メンデルスゾーン、アインシュタインなどの傑出した ユダヤの偉人達を顕彰するためのものだというが、それに混じって上から4番目に「偉大なる人道主義者、ゼネラル・樋口」と言う記述があり その次に樋口の部下であった安江仙江大佐の名が刻まれているのだという。
ユダヤ人しか登録されない筈のゴールデン・ブックに、実は6名の日本人が登録されています。安江仙弘陸軍大佐、樋口季一郎陸軍中将、小辻節三博士、内田康哉外務大臣、手島郁郎、古崎博。
なぜ、樋口季一郎氏をマスコミは取り上げないのだろうか。氏が軍人だったからなのだろうか?
それとも終戦後北海道を占領しようとして軍事侵攻しようとした旧ソ連を撃退したためか?
後にスターリンがGHQに樋口季一郎中将の引渡しを求めたとき、マッカーサーが鼻で笑って拒否したことが気に入らないのかだろうか?
彼の助命嘆願には、恩返しするのはこの時とばかりに、ユダヤ人が働いたという。

樋口季一郎中将の功績には、ユダヤ人2万人にも及ぶ満州での救助(数千人~3万人と諸説あり)活動があるが、
その他、1943年キスカ島からの日本軍人5000人の奇跡の撤退指揮。
前述の通り、昭和20年8月15日以後のソ連軍による北海道占領阻止。などが挙げられる。
安江大佐も満州猶太人機関の責任者であった。彼は満州で死亡しており、戦後あるユダヤ人が安江大佐宅を訪ね、墓を作るようにお金を置いていったという話も伝えられている。
ナチスに追われたユダヤ人たちが極寒のシベリアを死に物狂いで越えて、満州国境まで逃れてきたが、餓死や凍死寸前であるのに入国を拒まれていた。
樋口はこの惨状を見かねて、ユダヤ人に対し、直属の部下であった河村愛三少佐らとともに即日給食と衣類・燃料の配給、そして要救護者への加療を実施、更に膠着状態にあった出国斡旋、満州国内への入植斡旋、上海租界への移動の斡旋等を行った。

 多くの日本人のみならず、世界の人々も知らないことが沢山ある。
当時、関東軍ハルビン特務機関長だった樋口少将が、新京に司令部を置く関東軍参謀長に、
ユダヤ人難民の入国の許可を求めた。
当時の参謀長は、東條英機中将だった。日本が入国を許可しなければ、ソ連がユダヤ人たちをドイツに送り返すところだった
東條は「民族協和と八紘一宇の精神」に従って、2万人のユダヤ人の入国に許可を与えた
ドイツ外務省が日本政府に対して強硬な抗議を行ったが、東條は「当然な人道上の配慮」だとしてその抗議を一蹴した。
その東條は東京裁判で事後法である「人道に対する罪」とやらにより「A級戦犯」として、処刑されてしまった
以降、悪人としてのイメージだけが定着してしまっているが・・・


2018年3月25日日曜日

後先をどう考えているのかサッパリ解らない


どう考えても解らない。森友問題のことである。

野党議員が収監中の籠池氏に接見して、安倍昭恵夫人が「この土地は良い土地だから進めて下さい」と言ったということを確認したという。
そもそも昭恵氏どころか皇族の名前もHPに載せて国から補助金を騙し取ろうとした人のいう事に真実なんて無いと思う。昭恵夫人がそう言ったという時期だって、幼稚園を訪問したときであって校長になったときのことではない。そんなときにわざわざ言ったとは考えにくい。
今回言ったことは、証人喚問されたときとの発言とも違うようだから、偽証罪の方が先に確定してしまうということなのだろうか?

野党議員は何も収穫が無かったってバレバレのように思えるし、何を立証しようとしているのかさえ定かでない。
言った言わないは別にして、仮にそう言ったとしたら何か問題になることなのだろうか?
そう言ったから8億円が値引きになったとでもいうのだろうか?
今までに安倍夫人が財務省に口利きをしたなどという報道は一つもないのにである。

8億円の値引きは怪しからんが、隣の土地の14億円の実質値引きはどうして問題にならないのだろうか?
教育勅語を教えるような学校は怪しからんといって、小学校の開設を潰したのは野党だったのではないのか?それでいてどうして籠池氏の言うことは真実だと信じられるのだろうか?

8億円の税金が費やされたといいながら、国会を空転させていることによる損害は、8億どころではあるまい。
解決もできないことで、というよりも解決させないようにいつまでも騒ぎ続けるのは、何か他の目論見があるのだろうか?
安倍総理を辞めさせたいというのはわかるが、辞めさせた後どうするというのがさっぱり解らない。野党に政権担当能力がないことは実証済みであろう。

そこらへんのところを解かっている人というのは居るのだろうか?
居たら詳細に説明してくれるとありがたい。
もういい加減にしてくれと思っている。

2018年3月24日土曜日

デモ隊の中に多数の外国人が混じっている?

首相官邸前で行われているデモの中には多くの外国人が混じっていると言われる。
マスコミがそれを知らないわけはないが、何故かそれは報道されない。
外国人が日本国内において政治活動することは許されているのだろうか?

結論から言えば、在日外国人に政治活動を行う権利はない。極めて当然だと思う。
選挙運動(ビラ配りやポスター貼り、演説なども)も違法である。
外国人とは、日本国籍を有さない者ということ。

公職選挙法では、「選挙権及び被選挙権を有しない者の選挙運動の禁止」に第百三十七条の三「第二百五十二条又は政治資金規正法第二十八条 の規定により選挙権及び被選挙権を有しない者は、選挙運動をすることができない。」とある。
外国人は日本国籍を有しておらず、それにともない選挙権・被選挙権も有していないため、選挙運動は違法行為にあたるのである。

それでは、政治活動はどのような理由で認められていないのだろうか。
マクリーン事件というのがある。この事件は1970年代に起きた。
日本における在日外国人の政治活動の自由と在留許可をめぐる裁判である。
判決では、「外国人の基本的人権は在留制度の枠内で保障されるにすぎないのであり、在留期間中の合憲・合法の行為を理由として、法務大臣は在留更新不許可処分を行うことができる」
「外国人の政治活動の自由はわが国の政治的意思決定又はその実施に影響を及ぼす活動等を除き保障される」となった。
この2つ目の判決に注目である。在日外国人の政治活動は、国に関する政治的な動きには携わってはいけないというものなのだ。
つまり、政権や政党に対し意見を述べたり、特定の政党を支持あるいは不支持活動を行ったりするなどは出来ないということである。もちろんビラ配りやポスター貼り、演説その他インターネットにおける政治活動も、国政に関することは禁止である。

当然といえば当然だ。もし悪意ある外国人が政治を乗っ取るために日本に入国していた場合、外国人に政治活動の権利があるとすれば国が崩壊させられる危険性がある。
在日外国人内部で自治的な動きのために政治活動が許可されるのみなのはどこの国であっても同様の扱いである。

外国人が国に対しに参政権を要求することも、政治活動の一環であるため本来は違法である。
近年では「反安倍政権」を掲げ在日韓国・朝鮮人らが国会前や地方でデモを起こしているが、これも本来であれば違法行為である。
違法になるべきはずの在日外国人の内政干渉、争乱・内乱行為が見過ごされてしまっているのが実態ではなかろうか。
沖縄などで過激な行動をするひとの中にも外国人が混じっているということも、以前から取り沙汰されている。県民が迷惑しているということは、ニュースとしてとりあげられない。

在日外国人の政治活動が違法であることを多くの人が知れば、声を挙げる人々も現れ、本来違法である行動・行為の数々がきちんと違法だと認められ、正しい政治が行われるようになっていく可能性はある。
まずはより多くの人々が在日外国人の権利・権限を理解することが必要といえるだろう。

2018年3月23日金曜日

監督責任、任命責任にすり替えるのだろうか?

27日に佐川前国税庁長官(前理財局長)の証人喚問があるという。
それによって何が明らかになるというのだろうか?
何か勝算でもあるというのだろうか。
それとも、証人喚問をやったはいいが何もわからなかったといって騒ぎ続けるのだろうか?

一連の騒ぎをずっと見てきたが、野党の質問が核心をつくようなことは一度たりとできなかったと思える。
さもさも安倍総理の関与があったような印象操作を繰り返してきたが、如何にマスコミの応援があったとしても、無いことを有ったことにするには、どの道ムリがある。
政治家が絡んでそこに利得が発生するとしたら大問題であろうが、そんなことはいくらつついても疑いすら出てこなかったのではなかろうか。

普通に考えて、消費税増税をしたい財務省がその障りとなる安倍総理を庇うわけはない。
総理の指示があったとしたら、もうとっくの昔に内部告発があった筈。

マスコミも、電波オークションを口にする安倍総理は目の上のたん瘤だから何とかしたい。
だから問題が解決してしまいそうな事実がでてきても、報道しない自由とやらで報道しなかったのではなかったのかと思えてならない。
籠池氏の言ったことが全て正しかったのだというような方向付けも敢えてしたのではないのか。
何をもって彼を信ずるに足るとしているのかが解らない。
「本件の特殊性」という文言も、関西地区に住んでいる殆どの人が、それはあの土地が曰くつきのものであるからと理解しているという。マスコミがそれを知らないわけがあるまい。
森友学園の土地も野田中央公園の土地も、それがどんな経緯が有るのかということについては、
詳しい報道をしていないのではないのか?
関西生コンへの強制捜査も、それが機動隊まで動員しての大規模なものであったというのに、報道されないことも異様である。
暴力団に対する捜査なら間髪を入れずにだし、たとえ朝鮮総連に対してでも機動隊を動員しての捜査を行ったら、大々的に報道するのではないのか?

野党議員も見ている限りにおいては、マスコミの言っていることの域を出るような質問をするには至っていない。
どちらかといえば、野党議員のほうにきな臭い関与があったのではということが浮かび上がってきてしまっているようにさえ思える。自分たちに関する都合が悪い事を報道をしないようにマスコミに横やりを入れたのは野党だったのではないのか?

騒ぎすぎて引っ込みがつかなくなったときの常套手段は論点ずらしである。
しかしそれをして凌いだとしたら、ますます信頼を失墜することになる。
落としどころを難しくしてしまっているのは自分達の方だとしかどうしても思えない。
国益を最優先に考えなくてはならない議員が、これではたよりないではないか。

2018年3月22日木曜日

問題視するには当たらないと思うが

2018316 - 名古屋市立の中学校で2月、文部科学省前事務次官の前川喜平氏が授業の一環で講演したことをめぐり、文科省が市教委に対し、前川氏を呼んだ狙いや講演の内容を問い合わせ、録音データの提供を求めていたことが問題だとするA新聞の報道があった。
文科省がチェックを入れるのは当然なのではないのか?

講演した名古屋市立八王子中学校(同市北区)の上井(うわい)靖校長が16日、市役所で記者会見し、文科省からの質問について「 すごく抵抗があるわけではない」と述べる一方、「(前川氏は生徒を)とても勇気づけてくれる方だ」と講演は適切だったとの認識を示したという。

講演者に懐疑的にならざるを得ないのは当然であり、チェックをしたいと思うのは教育に関心を持つ人たちに共通する感情なのではないのか。
次官の退任理由が、辞任とは名ばかりで、実は法で禁止されている官僚の天下りを進めたということであったことは周知の事実であろう。
彼の座右の銘が「面従腹背」であり、新宿の出会い系バーに足繁く通っていたということも広く知られているから、中学校での公演に違和感を覚えて問い合わせしても不思議ではあるまい。

前川氏が文部大臣官房審議官在任中、朝鮮学校の高校無償化に対し民主党政権の意向を受け旗振り役となったということも知られているから、思想的なことにも危惧があって当然なのではないのか。
漏れ伝わるところによると、公演内容の半分以上は安倍批判だったともいう。年端もいかない中学生相手に適当だったとはとても思えない。
義務教育の現場ということでなく成人相手の公演というなら別段構わないと思うが、それは学校とは違うのである。

2018年3月21日水曜日

それが本音だと思える答弁

偏向報道されることを警戒して文書の書き換えをしてしまった、という国会答弁がされた。

それは忖度があったから、というよりもっと納得できる理由のように感じてしまった。
書き換えなぞしなくても、違法性の立証などできるようなものではなかったように思えるのだから、そのままにしておけばよかったのに・・・
確かに、何でもかんでも安倍総理に結び付けようとする動きがあった。

マスコミの偏向報道によるものを根拠にして、自らの国政調査権を行使するなどで違法性を明らかにすることもせず、長期に渡って騒ぎ続けることで、他の重要案件を蔑ろにしていた野党議員に辟易している国民が多いように思えてならない。

マスコミによる調査によると、内閣支持率は大きくその数字を下げたということであるが、これだけのネガティブ報道を繰り返した割には、致命的とまではなっていない。
それによって野党の支持率が全くといっていいほどに上がらないことに、それが如実に現れているのではないのか?

マスコミによるアンケート調査というのも出されたが、例によって判りにくい。
ネットによる調査では、麻生大臣の辞任も安倍夫人の証人喚問も不要だとする回答が殆どだという。ネット上のものだから国民の意見ではないとは言えまい。
マスコミによる電話調査などと違い、ネットでの回答者は自らの意思で書き込みをするし、何より数がマスコミ調査による対象者より圧倒的に多い。
本質を見極めているから的確にみている結果だと思う。
関心を持ったことについてはネット民は報道に左右されることなく、自分で情報を集めて判断している。

そもそも森友の土地問題は、値段なんかつけられないようなボロ土地に高い値段がつけられていたことが問題だったのではないのか。処分に困っていた。だから前例としての野田中央公園があった。(これをマスコミは意識的に避けているように見えてならない。)
そこに籠池氏が嘘(そうとしか言いようがあるまい)を並べ立てたからややこしい。

政治家が土地の値段に介入するような危険を犯すなどということは考えにくい。
役人が忖度するのは上司だけであって、政治家にそれをすることなく言い訳を考えられるのが優秀な官僚なのだと言われている。
法や前例を踏襲する名人が揃っているのが役所なのだということから考えても、騒ぎを他の方向にもっていこうとしているのではないのかと見えるのだが・・・


2018年3月20日火曜日

神前では先ず自分の名を名乗ることから始まる

彼岸には 訪ね来りて名を告げよ 願いの幸を運びとどけむ

お願いがあって神社にお参りするとき、正式参拝で神主さんに祝詞(のりと)を奏上してもらったことのある人はお気づきだと思いますが、「○○に住いなせる○○が、これこれの願い事を申し出ています。」と、必ず住所氏名と願い事を神前に告げます。
神様は何でもお見通しなのだから、黙って祈れば通じるということではないのです。

昇殿参拝ではないときでも、神前で鈴を鳴らしたら、願い事をする前に、どこそこに住いなせるなんのだれそれでございますと、神様に名を告げるのが作法です。
これだけでも、願い事の通りがよくなる。

神主さんは、神様へのお取次ぎ役。個人で神様に願い事を述べるのは、平社員が社長に直接何かを要求するのと同じで、聞いてもらえることが殆ど無いのと同じです。
仲介者や紹介者がないと、世間一般の人間関係がうまく運ばないことは、ご存じの通りです。
手順と言うものが必要です。

それと同じことで、修行が行き届いたご先祖様は、神様や仏様に子孫の願うことを親身になって取り次いでくれる役目をしてくれます。
そういうことを知っている人は少なくなったし、敬うということに気を使わない人にわざわざ教えてくれる人というのは殆どいなくても当然ということになる。

 お彼岸にお墓参りに行かれて、何かを気づいたという方は多いと思います。
 「暑さ寒さも彼岸まで」とよく言われますが、これは天候のことばかりでなく、日常の厳しい気がかりについても同じことかもしれません。

 心を開いて素直に聞けば、普段の日常を過ごしている中で、ご先祖様が伝えてくるヒントやアドバイスが今までにも沢山あったのだと思い当たることが多いことでしょう。
 ご先祖様のお参りをしているとき、何かを思い出したり、何かをふっと思い浮かべたりすることがあると思います。
実は、それが大事なことであることが多いようです。

 墓石が汚れていると気づいた人は、お盆までには自分で墓石クリーニングをしてみると良いでしょう。清浄であることは、始まりのときにはいつでも重要です。

「どうして墓石清掃をするのか」http://www.kng2321-cbs.com/why%20cleaning%20.htm

 自分でもできる墓石クリーニング http://www.kng2321-cbs.com/

自分はできないけれどという方でも、知り合いに、このページURLを教えてあげると良いと思います。親切ということは功徳になるからです
上の世界はつながっているらしいですから、自分にも良いことがあるようです。


2018年3月19日月曜日

訳の解らないことをいつまでも

旭日旗がドイツのハーケンクロイツと同じ戦犯旗だって?
そんなわけのわからないことを言っているのは、日本と戦ったこともない韓国だけである。

海外諸国は旭日旗を認め敬っているが、ネチネチ難癖をつけてくる韓国が面倒臭いから、実害がなければ削除したりしているようだが、別段韓国の言い分を受け入れているわけではない。
そんなことを言うなら、韓国旗だって同じことじゃないのかと思っている。
米国や日本の国旗を燃やしたり踏みつけたりするような野蛮なことを平気でするのは、韓国だけではないのか?

旭日旗は、そもそもが海軍旗である。韓国といつどこで海戦をしたというのか?
いつまでもわけのわからないことを言って騒ぐ国だという評価にしか結びつかない。

そんなことをしても、日本のお陰で今の韓国があるということに我慢ならない国なのだとしか世界各国からは思われていない。
世界の常識では、韓国はその旗の下に、日本と一緒になって戦ったのだと思っている。


2018年3月18日日曜日

出てきて示すのが祟り

祟り
神仏や怨霊(おんりょう)などによって災厄をこうむること。罰(ばち)・科(とが)・障りと同義的に用いられることもある。「山の神の祟り」2 行為の報いとして受ける災難。「悪口を言うと、後の祟りが恐ろしい」などのように使われる。
しかし、「祟」という字は、「出」と「示」からなり、もともとは神が出てきて、雷や洪水など何らかの現象を起こすことで、人間に祭るように示すということを意味している。突然大きな災害をもたらすということはなく、小さな変化を起こすことで、気づきを促がしているのであるが、いつまでも気づかないでいると、わからせるために大きな変化を起こすということかも知れない。

似た漢字に崇めるという字がある。
崇めるとは、崇高という字が示す如く、けだかく尊いこと。また、そのさま、と辞書にはあるが、美的概念も加わるようである。
「崇」は、そもそもが高い山の意味。「祟」とは文字の成り立ちが違う。


2018年3月17日土曜日

リベラルとコミュニズムは違うと思うのだが

「革新」を辞書で引くと、
古くからの習慣・制度・状態・考え方などを新しく変えようとすること。特に、政治の分野で社会体制・政治組織を新しく変えること。と出てくる。

しかし、「革新」ということを単純に「リベラル」と置き換えてものを言うのは、何か違和感を覚える。
リベラルを称している人の多くは、共産主義(Communism)あるいは社会主義(socialism)に基ずく発想と同じような観点でものを言っているように思えてならない。

リベラリズムとは何か。
リベラリズムには、二つの歴史的起源があると言われている。すなわち「啓蒙」と「寛容」のことである。
啓蒙主義というのは理性の重視。理性によって、蒙(もう=道理に暗い事)を啓(ひらく)くということ。因習や迷信を理性によって打破し、その抑圧から人間を解放する思想運動である。
一八世紀にフランスを中心にヨーロッパに広がり、フランス革命の推進力になったとされる。

寛容というのも、それが言われるようになったのは、西欧の歴史の文脈から出てくる宗教革命のあと、ヨーロッパは宗教戦争の時代を迎えてから以後のことである。
大陸のほうでは三十年戦争、イギリスではピューリタン革命前後の宗教的内乱。
それらは、血で血を洗うすさまじい戦争であった。それがウエストファリア条約で一応落ち着いた、というか棲み分けができた。その経験から出てきたのが寛容の伝統である。

「宗教が違い、価値観が違っても、共存しましょう。」という、この「啓蒙」の伝統と「寛容」の伝統が、リベラリズムの歴史的淵源だということは、ほぼすべての研究者の共通了解であるとされる。

多様な意見に寛容であるということに反対はしないが、今どき啓蒙って、一体何が暗いといってものをいっているのだろう?
社会主義が良いと思う人は、極めて少ないのではないのか?