2014年10月6日月曜日

度々目安数値が変わる高血圧


高血圧というのはどこからをいうのでしょうか?

昔我々が育った頃は、年齢+90が目安であるとされていました。

それがいつの間にか、130以上は高血圧であると診断されるようになり、またいつのまにか147以上が高血圧だということに変わりました。

 

高血圧だということになると、薬を飲めということで、処方された薬を飲むことになるのだが、一旦薬を飲み始めたら、途中でやめてはならないのだと言われる。

 

ところが最近、ボロボロになった血管でも血圧が185までは破れないのだということも言われるようになり、高齢者であればある程度高い目のほうがよいのだとも言われる。

知り合いで、血圧が200を超えているのにピンピンしている人もいます。

 

私は、医者がいろいろいうから何年か降圧剤をのんだけれど、飲んでいて調子が良いと思ったことは一度もなかったし、時にしばらく飲まないでいても、別段変調を来すということもなかったので、自然に飲むのを止めて2年以上になります。

健康上なにか問題が起こっているようにもおもわれません。

 

一体何を信じればよいのか、個人差というものはないのか、納得のいく説明をきいたことはありません。

万一ということをいわれるのみです。

 

2014年10月5日日曜日

まだ登っていない剣山は霊山


四国というのは、不思議なところです。88か所の札巡りがあるくらいの霊場です。

何回か旅行で訪ねたことがありますが、今回気が付いてみたら高い山が島の中央部にあることが、ただ行っただけではわからないようになっているみたいなのです。

日本有数の山地面積があります。

 

観光地や名所は平らなところにあり、それを巡るには距離もあって時間がかかります。

でも、もし中央部の山伝いに移動したとしたら、かなり短縮できるように思えるのですが、そうはなっていません。

 

日本百名山の一つである剣山へはまだ登っていませんが、是非行って見たい謎めいた山です。

鶴亀山(つるぎさん)とも言うらしい。

 

意味がわからないまま歌っている童歌


童歌というのがあります。

 

たとえば、

ずいずいずっころばし ごまみそずい

茶壺に追われてどっぴんしゃん ぬけたらどんどこしょ・・・

とか

かごめかごめ かごのなかのとりは

いついつでやる

よあけのばんに・・・

等々です。

籠目というのを図案化すれば、それは六芒星。伊勢神宮の周りで沢山目にしますが、どういうわけかそれはダビデの星とよく似ています。

 

童歌というのは、いずれも何となく意味がわかりそうでいて、はっきりした意味は捉えられない。

謎めいた部分が奥の方に残ってしまうのです。

神話というのもそうです。なんのことかわからないことが沢山あります。

 

いずれいつかは、真の意味が解明されるときがくるのかもしれません。

 

謎を将来に残すときは、童歌などにして子供に口伝えで伝承するのが、謎を残す人たちにとって都合が良い。

いまこのときに、世に表すのが適当でないと判断したときは、意味は理解しなくても言葉として歌で伝え合っていく子供たちは、それを目論んだ人たちには便利な相手となる。

 

子供は育つにつれ、次の子供たちに順繰りに伝えていくのだから・・・

時が満ちた時、その歌がいみするものを解明する人が現れるということなのかも知れません。

 

2014年10月4日土曜日

ポルトガル語から来た言葉からの言い回し


ピンからキリまでというのは、優れた物から駄目なものまで、という意味で使われるようです。

 

旧ポルトガル領を旅行すると、ガイドさんが説明してくれます。

ピンというのは、ポルトガル語のpinta(「点数」という語からきているといわれます。

キリは、cruz(十字架)で十のことですから、1から10までということになりそうです。


天正カルタで1点の札のことをピンと呼んでいました。

キリは、日本語で物事がそこで終わりとなる「切」の意味を持つ言葉です。

天正カルタは1~12まであり、最後の12の札のことをキリと呼びました。

カルタ伝来の当初、ピンは最初の意味で使われ「キリ」が一番最後という意味でした。

因みに、花札の12月は桐だから、そこからキリというのだという説もありますが、最後のことを切りというから、そのキリのことだという説もあるようです。

サイコロで、1の目をピンというのも知られています。

その後、江戸時代になって「ピンからキリまで」という言葉がよく使われだすと、ピンは最初で1番のことだから最高、キリは最後だから最低ということになったようです。

 

 

2014年10月3日金曜日

横に倒せば無限大の8


八百万の神(まさか800万もの神様ということではないだろうから、何を象徴しているのだろうか?)

八咫の鏡(咫は、長さの単位だというけれど、鏡は円形ではなくて8角形の神器)

八岐大蛇(竜神伝説のある我が国で、どうして退治される対象になったのだろうか?)

八福神(七福神はよく知られているが、日本に渡ってくるときは八福神であったという。それが何の神様で、途中でどこに消えてしまったのだろうか?)

 

八は不思議な数字です。横に倒せば∞(無限大)でもあるし、音を辿るといろいろ出てくるのです。

 

2014年10月2日木曜日

学校では教わらなかったABCDライン


気になることがあって、少し勉強してみました。

 

ABCD包囲網(エービーシーディーほういもう、ABCD encirclement)は、1941年にに東アジアに権益を持つ国々が日本に対して行った貿易の制限に当時の日本が付けた名称。「ABCD」とは、制限を行っていたアメリカ(America)、イギリス(Britain)、オランダ(Dutch)と、対戦国であった中華民国(China)の頭文字を並べたものである。ABCD包囲陣、ABCD経済包囲陣、ABCDラインとも呼ばれる。

事実上の対日経済制裁の日本側からの別称である。また対日軍事同盟を含めたなんらかの秘密協定や合意・密約が存在したとの論であるが、こちらは真珠湾攻撃陰謀説の一部を構成している。

経済制裁および経済封鎖という強制外交手段は私掠船の時代以前から存在したが、非軍事的強制措置の手段として英蘭戦争あるいはナポレオン時にほぼ確立した。戦時国際法においては中立国の権利義務が存在しており、ある国が交戦対象国に経済的圧力を及ぼす目的で中立国に協力を要請し、中立国がそれに協力することは中立義務違反として禁じられている。このため自国の港湾から輸出される貨物が自国の許可書をもたない場合や、自国の港湾や船舶を経由して敵性国に輸出される貨物が許可書をもたない場合、あるいは「経済封鎖」指定海域を航行する商船(船籍を問わず)に臨検したさい自国の許可書を所持しない場合、許可書のない貨物については敵国所有物として拿捕の対象にするといった手法が開発された。また金融資産凍結令は金本位制の時代にはイギリスあるいはアメリカにとって敵性国家の外国為替決裁用資産を没収する強力な外交手段であった。

経済制裁そのものは強制外交手段のひとつであり、武力使用(交戦)による強制外交と同様に外交上の敵対行為と見なされる。(以上は、ウィキペディアの資料です。)

 

学校時代には、日本の明治以来の歴史というものは習わなかった。教わったのは、日本は悪い国なのだということのみでした。

 

経済封鎖されると、資源がない日本はどうにもならなくなる。殊に石油が入ってこないということになると、独立国としての立場を守るための航空機と戦艦は7年で動かすことができなくなり、その結果は欧米列強の植民地になるしかないという国際状況下にあったのだということもわかってくる。

植民地が如何に悲惨なものであったかは、調べればすぐわかります。(日本が他国を植民地支配したとも喧伝されるが、これも調べてみれば白人支配の植民地とは全く違うことがすぐわかる。)

 

日本の戦前及び戦中が良かったという心算は全くありませんが、一方的に見せられたもの或いは教えこまれたものと、その時代背景も含めた事実関係は、良いも悪いも合わせ、知れば知るほど違ったものにみえてきます。

反省すべき点も含め、それらを知ることによって、強制されるのではなく自分で判断してみることも必要な時期にあるのかも知れません。

 

 

2014年10月1日水曜日

金翅鳥(こんじちょう) と ガルーダ


東南アジアを旅行すると、よく目にする鳥頭の神様「ガルーダ」。

 

わが国に渡ってきた6人の神様のうちの一つだといわれます。

ガルーダというのは、インド神話上の巨鳥で、ビシュヌ神が乗る乗り物であるということと、仏教において毒蛇は雨風を起こす悪龍とされていることから、それら煩悩の象徴とされる毒蛇を常食としているガルーダは、毒蛇から人を守り、衆生の煩悩(三毒)を 喰らう神様だとして信仰されているのだとガイドさんから説明を受けます。

 

わが国で蛇を常食すると言われるのは金翅鳥(こんじちょう)と呼ばれています。

ガルーダと言われると気が付かないでいたけれど、日本では「迦楼羅天(カルラテン)」とか「迦楼羅神(カルラシン)」の像が有るのを見ていたのだから、それがガルーダと同じものなのだと気づくべきなのでした。

 

密教では、迦楼羅を本尊とした修法で降魔、病除の修法があるともききます。

雨を降らしたり、大雨を止めたり、家内安全等の修法をするときには、害をもたらす一切の悪を食いつくし、人々に利益を与えるというこの神をまつるのだといいます。