2018年9月14日金曜日

流れには理由がある

物事の流れで判らないことがあるときは、大抵の場合、金の流れを解明すると浮かびあげって来るのだといわれる。
金・名誉・地位・権力・女が絡んで歴史は動いてきたと言われるが、かなり的を射ていると思われる。
それは殆どの場合表面に出てくることなく、歴史の背後に隠され、誰が、どのように、何をしたかは、いつの間にか闇のかなたのものとして忘れ去られるように仕組まれている。
即ち、中心になっていた黒幕というのは、無傷で利を独占できるようになっている。
いうなれば、名前がわかってしまっているような人は、まだまだ小物ということになる。

謀略的なそれらが力を得るようになったのは、産業革命後に植民地主義が世界を席巻するようになってから以後に顕著なのかも知れないが、それ以前にその萌芽はあったのかも知れない。
何故そうだったのかが明らかにされないままで、何となく学んでしまったのを真実だと思い込んでいることは多い。

たとえば、明治維新で文明開化がなされたということについても、それが成功したことの経緯については、通り一遍の知識しか与えられていない。活躍した志士たちの美化された英雄伝としてしか伝わっていないが、綺麗ごとだけでうまくいった筈はあるまい。
アヘン戦争などというとんでもない無法が罷り通っていた時代、日本はそれらをどうして避けることができたのか?
高杉晋作や坂本龍馬の活躍は知られているが、いうなれば個人である。
いかに志が高かろうとも、先立つものが無くては大きなことは成し遂げられない。
坂本龍馬が大量の武器や軍船を仕入れることができたのは、誰かが金を出していたということになる。見返りもなくそんなことをする金主はいないから、その金主は誰で何を目論んでいたかということを考察しないと、その後の歴史の流れを理解することは難しい。
日本を内乱状態にして利を得ようとした勢力があったのかも知れない。
しかし、そういうことはスルーされて、そこに触れることは無いように感じる。
というのも、竜馬が手に入れた武器や軍船の提供を条件にしなくて薩長連合はできなかったのではなかろうか?と考えた方が自然だからである。悪い言い方をすれば、竜馬を手駒として使った者が居るということになる。
彼が暗殺された犯人はわからないとされるのも、背後に隠したいものがあったということになりそうである。

2018年9月13日木曜日

日本だけが悪者だった?

こういうことを言うとすぐに右翼だなんだと決めつけられるが、そんなことは決してない。
単純に不思議だと思うことを何故なのだろうと言っているに過ぎない。

大東亜戦争に敗れた結果、自分の国の歴史、特に近代史を「なんとなく」しかわからない状況になってしまった。歴史の授業時間は誰もが感じている通り、江戸時代までで終わり、後は時間切れというのが通り相場である。何故かそこから後は触れたくないとしているとしか思えない。
しかも「侵略戦争をした」とだけを徹底的に教え込まれ、後ろめたい気持ちだけを刷り込まれている。だから故ないことであっても外国から謝罪を要求され続けられても毅然とした対応が取れず、何度も何度も謝罪してしまう破目に陥っている。
日本人の中にもそれに加担しているのか、日本悪者説を唱える人が居て、疑問に思うことすら頭から封じ込めようとし、近代史はタブー化されているかのようだから闇は深まる。
日本政府や高官が戦後、公式に謝罪に触れたのは45回。非公式ならそれ以上であろう。
「あの太平洋戦争はなぜ起きたのか?」原因も理由もなく起こり得たことでは決してあるまい。
こんな重大事であるにも拘わらず、口にすることすら憚られるのは何故なのだろう?
先人たちがどうしてあんなに血を流したのか?何のために戦ったのか?どうしてあんな戦い方が国が滅びる寸前までできたのか?
それに対する答が出ないままにいる。
苦し紛れかどうか知らないが、一般的には軍部の一部が暴走して、侵略行動を激化させていったということになっているが、これはマッカーサーの影響下にあった東京裁判の考え方によるものではないのか?
その理由だけでは、誇り高かった国民の責任逃れのためのようにしか思えない。
戦争に勝った側のアコギさを覆い隠す必要がなかったとは言い切れまい。
軍部の一部の暴走だけで、そんな戦争を維持しつづけることなぞできまい。国民の合意があったと考えるのが普通の考え方であり、軍部のみに責任を押し付けるのは、戦争の継続が国民の苦しい選択であったのに何故それに耐えたのかというところから目を逸らせるための理由付けのようにさえ思える。
資源もない日本が、国力と国民の命を犠牲にしてまであれだけ大きな戦争をしたのは、ただの一部の人間の利己的な侵略のためだったのだろうか?そんな筈はあるまい。

明治維新の前はといえば、天下泰平の江戸時代が260年も続いていた。明治維新を経て、終戦に至るまで約70年、決して豊かな国ではないのに、多額の借金を背負いながら多くの犠牲者を出して、人が変わったように戦争に走ったのはなぜだったのか?
明治以降に日本人が作り上げた教育勅語や数々の書物をマッカーサーがあそこまで徹底的に葬り去ったのは、そこには何か日本を封じ込めたいとする知られたくない秘密でもあったのだろうか?
その結果、日本が数多くの戦争に走った起源である明治時代と、それまでに2600年に渡り営々と築いてきた日本の文化や精神的支柱を含む多くの歴史が破壊されてしまったやに見える。
戦後の僅かな期間ともいえるこの空白には、一体何があったのか。
何をどのようにすれば、このような短期間で歴史を継続して捉えられなくすることができるのだろう。失われた美徳が多すぎるように思えてならない。


2018年9月12日水曜日

寺にまつわる妖怪伝説

日本には妖怪伝説というのが数多く伝わっている。
神社仏閣に関連していることが多いが、物には全て仏性や神性があるとすることに結びついているようである。

その中に、蟹坊主(かにぼうず)というのがある。日本各地の寺院などに伝えられていると言う蟹の妖怪で、寺に住み着き問答を仕掛け住職を追い出してしまう。新たに招かれた僧も、現れた妖怪との問答に負けて追い出されたり行方不明になってしまったという伝説である。。
山梨県の長源寺のものが有名である。
住職が居なくなって荒れ果ててしまった長源寺の話を聞いた旅の僧が、村人たちが危険だからと止めるのを押し切って寺に泊った。
深夜になると身の丈3メートルもある僧が現れ、「両足八足、横行自在にして眼、天を差す時如何」と問うた。
たちどころに正体を見破った旅の僧が「お前はカニだろう」と言ったところ、4畳ほどもある大きな蟹が姿を現したので、独鈷を投げつけると、それは蟹の甲羅に深々と突き刺さった。
砕けた甲羅から血を流しながら逃げ去った蟹を夜が明けてから追ってみると、山奥の沢で息絶えていて、甲羅にあいた穴から煙が立ち上り、そこに千手観音が浮かんでいたのだという。
爾来、千手観音をご本尊として寺に祀った。

2018年9月11日火曜日

竹島を返還する気はさらさら無いようだが

我が国が古くから竹島の存在を認識していたことは、多くの古い資料や地図により明らかになっている。17世紀初めには、日本人が政府(江戸幕府)公認の下、鬱陵島に渡る際には竹島を航行の目標とし、また船がかり(停泊地)として利用するとともに,あしかやあわびなどの漁猟にも利用していた。遅くとも17世紀半ばには、我が国の竹島に対する領有権は確率していたと考えられる。
江戸時代まではそれで通っていたが、その後国際法の関係が言われるようになったこともあり、それを明確に主張するための手続きは正当になされた。
我が国は1905(明治38)年1月の閣議決定により竹島を島根県に編入して、領有意思を明確にし、諸外国に再確認するとともに、その後官有地台帳への登録、あしか猟の許可、国有地使用料の徴収などを通じた主権の行使を他国の抗議を受けることなく平穏かつ継続して行っていた。
我が国固有の領土であり、不法占拠しているのは韓国であることは明白な事実である。
にもかかわらず、日本が軍事力で奪還することなどまず考えられないのに、韓国は竹島周辺で軍事訓練をするなどして、非常に挑発的である。
竹島が日本固有の領土であることは、韓国が如何に主張しようが無理だと知って、力をもってつなぎとめておきたいことの表れとしか思えない。

「韓国側は『1905年当時、韓国は日本の保護国で反論できなかった』と強弁するが、そんなことはありえない。なぜなら、日本の保護国になる以前の1899年に韓国で発行され、教科書として使われていた『大韓地誌』がその証拠となる。
教科書には韓国の領土範囲が記されていますが、そこに竹島は含まれていない。海図さえまともなものは朝鮮側にはなかった。

『大韓地誌』の記述を日本語訳すると、以下のようになる。

〈わが大韓民国の位置はアジアの東部に在り、支那の東北部から日本海と黄海・渤海の間に突出した半島で、北緯33度15分より42度25分に至り、東経(グリニッジ天文台を基準とする)124度30分より130度35分に至り、東は日本海を界とし、西は黄海に、南は日本海と黄海に臨み、東南は一海峡を隔てて日本の対馬と相対し・・・

この記述と、そこに添付されている地図を対照すればわかるが、「竹島は韓国領ではありません」と韓国の教科書に自らが書いていたのである。今の主張が捏造であることがはっきりわかる。

 更には、韓国が不法占拠を続ける島根県・竹島(韓国名・独島)について、大きな墓穴を掘ったといえる検定教科書を終戦後に独立を得てからでさえ出版していた厳然たる事実もある。
自国の東端を、竹島より西側として記述しており、竹島を自国領から除外していたのだ。日本政府が国際司法裁判所(ICJ)に提訴する際、韓国のウソを打ち破る補完証拠になり得る。

 注目の教科書は、1957年に発行された中学生用の社会生活科の教科書「わが国の地理」。現在もソウル市内にある教科書出版社「一潮閣」から出されたもので、「韓国文教部(現・教育部、日本の文科省に相当)検定済み」と表紙や前書きに明記されている。

 領土問題に関心がある西日本在住の男性が大阪市内の古書店で発見し、2000円で購入したものである。「朝鮮大学校蔵書」という印もあり、北朝鮮系の朝鮮大学校(東京都小平市)から流出したもののようだ。

 教科書では「わが国(韓国)の位置」を「東端…東経130度41分22秒」と記載していた。つまり、韓国が現在、東端と主張する竹島の位置(東経131度52分)から約130キロも西側(韓国寄り)が、自国の東端と教えていたということである。

この教科書が注目されるのは、韓国の李承晩(イ・スンマン)大統領=当時=が日本海に一方的に「李承晩ライン」を引いた52年よりも5年後に出版されているからである。
韓国政府は54年に海洋警察隊を島に常駐させ、現在に至る不法占拠につなげているが、57年の出版時点でも、韓国は「竹島領有」を子供たちに教えることができなかったということに他ならない。

この李承晩大統領というのは酷かった。
戦後育ちの我々年代の者は、今更言わないだけのことで、当時のことを鮮明に記憶している。
戦後の復興のために懸命であった漁民が出漁操業している漁船を銃撃し、漁船を拿捕したり漁民を抑留したというニュースはしょっちゅうであった。
その一方で、国内に居る第三国人と呼ばれるようになった彼らは暴虐のかぎりをつくしていた。
敗戦国である日本の警察は頼りにならず、唯一対抗したのはヤクザと呼ばれる人たちだけであったから、それが今も暴力団として残った遠因ともなっているように感じる。

李承晩は、武装解除しているのは日本を攻めようと画策していたが、その隙に背後を衝かれ朝鮮戦争が始まると、自国民を捨てて真っ先に逃げ出した。途中の橋も落として釜山まで逃げ込み、そこで破廉恥にも敵対行動をしてきた自らの行いを省みることもなく、日本に亡命を打診したのだという。
アメリカ軍が今も韓国軍を信用しないのは、自分たちが戦わねばならないのに他人任せにして恥じなかったそういう歴史があるからであろう。

悲しいかな、韓国では捏造洗脳教育を施されてしまっているから、そういう真実を殆どの人が知らないでいる。漢字を読めなくしたのも、知られたくない過去があるからとしか思えない。日本を悪く言うことなぞとてもできないことが数多いのである。

日本人の中にも愚かな人は多い。これも戦後教育によるものなのかも知れない。
竹島なんていう小さな島は、争いになるくらいなら譲ってしまえなどと平気で口にする人がいるのである。
竹島を譲ったら、次は対馬が標的になるなどとは考えもしないのだから情けない。
不当な要求は、断固として不当なのだとすることを、国際感覚として保持しなければ、国の安全保障は成り立たない。


2018年9月10日月曜日

縄文遺跡が数多いことから

日本文明はシナ文明から枝分かれした「衛星文明」だと教えられてきたが、どうも違うのではなかろうか。それだけではないように思える。
発掘された遺跡や、縄文人のDNAなどを科学的に研究すると、日本文明は一個の独立した文明であるという見方が、優勢になっています。
人種の分類も、大陸や半島経由ということではなさそうだし、それより前から発展していた文明の証拠が次々にでているのである。

日本列島に日本人類の文化が芽生えたのは、3万5000年前である。
後期旧石器時代の初めに、局部磨製石斧が出現しました。
これは、刃先を磨いた石斧で、狩猟や伐採などに使われていたのだとされる。
日本で見つかった磨製石器は、世界最古のものであり、群馬県の岩宿遺跡から最初に発見されて以来、全国100以上の遺跡で見つかっている。
打製石器ということになると、3万年前のものまで出土しているのだという。

続いて、縄文土器の出現によりいわゆる縄文時代が始まります。これは、縄文時代というより縄文文明と呼んだ方が良いと主張する人もいる。
日本で土器が出現して縄文時代が始まったのが、1万7000年前です。
これは、単なる盛り付け用ではなく、汁物の煮炊きや液体の貯蔵に使われました。
青森県の大平山元Ⅰ遺跡で出土した土器は、炭素測定法などにより世界最古級のものであり、
人類で最初期に調理をしていたことがわかるのだとされている。
この土器が発表されるとすぐに、中国でそれより古い年代のものが発掘されたと発表された。
日本は、どちらが古いかなどということで争うことはしなし、K国のように起源説を唱えるような愚かなことは決してしない。
日本の学者はその発見を喜び、年代測定などで是非共同研究をしたいと申し入れたのだが、その土器は盗難にあったとやらで欠片も残っていないとして中国側から断られてしまったという。
現物は存在しないということになる。

縄文都市が営まれたのが、5900年前から4300年前の1600年間だというが、縄文文化は1万6千年前にはそんざいしていたという。
栗の木を計画的に植林したり、協力して大規模な建物を建築したり、漆を既に使っていた。
住居の跡は、3000棟以上になると推定され、大規模な墓地もつくられているから、精神活動というのも発達していたということになる。
これらは、青森県の三内丸山遺跡の大規模集落跡やその他の縄文遺跡からわかりました。

富士山を意識した配石遺構がつくられたのが、4000年前です。
静岡県の千居遺跡から、東北にそびえる富士山を神聖視していたことがわかる。万物を神と捉えるアニミズムの原点がみられるのだという。
自然崇拝と先祖崇拝が融合して、現在の神道につながるのだと思われる。
何故か使われなくなってしまった神代文字やヒエログリフの発見も多いから、研究が進めばいろいろ明確になってきて、今まで教わってきた日本の歴史は書き換わるかも知れない。
起源説を主張したり、日本人の優位性を唱えることに結びつくようなことは民度的に見てもありえない。


2018年9月9日日曜日

本質ずらしをしている?

米国は、被害が直接自国に及ばないようにできれば、それでよしと考えても不思議はないから、急がずに北朝鮮の様子を見ているのだとも思える。
ハッキリ言えば、韓国や日本を優先させる必要はないと考えても、文句のつけようはない。
米国はいざとなったら切り札として残した戦争カードを行使するところまで問題を戻すための下準備としての合意であったと見えなくもない。

日本には、拉致問題の解決というのがあるが、あなたまかせでは進展するわけがない。
そもそも拉致は、金正日が「拉致は国家としてやりました。」と公言しているのである。
日本が軍事力を行使できない憲法のもとにあることを知っていて、完全に見くびっていたことの証であった。
日本ではそれを問題として大きくとりあげることをしなかったが、国家としてやったという犯罪であるならば、解決する方法は武力を背景にした奪還しかなかったのである。
事実、レバノンは、日本と同じように自国の国民が拉致されたとき、戦争も辞さないとして北朝鮮に通告し、即座に被害者は返された。レバノンが戦争をできるほどの大国ではなかった。
日本側は何人かの拉致被害者を返してもらったことを大成功だとして終わりにしたが、そんなことで終わりにして良かった問題ではない。本質ずらしをしたのだと思う。

平和憲法があったから日本は平和であったというけれど、自国民が何百人も不法に拉致されたのに、それを救助できなくてどこが平和だと言えるのか?
憲法改正を頭から否定するばかりではなく、必要な改正は検討しないと、実情に合わないことがいろいろ有るように思えてならない。

米中の貿易戦争というのもそうである。本質から目を逸らそうとされているように感じる。
米国が自由貿易を破壊しているというが、米国が言っていることの本質を拾ってみると、中国は不公正な貿易で儲けた金を米国に投資し(米国企業に資本参加することで結果的には買収)、その企業の技術ノウハウを吸い取っている。
それなのに、米国が中国の企業に資本参加することはできない。体制が違い過ぎて公平ではない。
突き詰めれば、米国側の主張は資本の自由化をしろということだから、為替レートの問題も含め、どちらがまともな要求をしているかということになるのかと思うのだが、そういうことを解説したニュースというのは殆ど目にしない。
貿易収支のことばかりを問題にしているのではなさそうである。
トランプ大統領を非難したところで、本質が変わらなければ解決するわけがなかろうと思うのだが、素人考えだろうか?
物事には原因となる本質というものがあるのだということを抜きにしては、解決には結びつかない。


2018年9月8日土曜日

地獄に行きたくはあるまい

「そういうことをしていると地獄に落ちるぞ」と昔は言われて、日頃の行いを慎むということがあった。
今は、人として許されないことでも、自分の利益のために平気でするという者が多くなった。
彼等はこう嘯く。「地獄なんてものがあるなんていう証拠はあるのか?」
他人にどんなに迷惑になることであったも、自分さえ良ければ、それで押し通す。
しかしちょっと考えて見た方が良い。
地獄というものが在るということを証明ができないと同時に、無いということも証明できないのである。
まだ霊感というものを強く感じ取ることのできた頃の人たちが経験的に言っていたことを、無視して良いとは思えない。
少なくとも、窘められたり躾として言われたそれらの行いは、普通に考えてやらない方が良いということが多い。
因果律というのは確かにあるし、悪因が悪果として現世で咎められてしまうことは現実にある。
しかも、今生よりも来世の方が長いのである。
あの世に行ってから地獄の苦しみを長く味わうことを選択しているのかも知れないと、意識のどこかに浮かんだら、敢えてそれを侵す愚を避けるくらいの知恵は残っていよう。
人様に迷惑をかけないようにすることは、徳目の一つであり、天は漏らさず見て記憶しているのだと思った方が良い。