2017年1月18日水曜日

「幸運を呼ぶオンドリ」の置物

酉年に因んで、昔マカオに言った時に土産で勝った来たオンドリの置物を飾ってみた。



ポルトガルには「バルセロスの雄鶏伝説」というのがある。
スペインの聖地サンチャゴ・コンポステーラに向かっていた巡礼者が、宿場町である町バルセロスに泊まった時の事です。
この宿の主人の銀貨が盗まれると言う事件が起こり、その疑いがこの巡礼者にかけられました。巡礼者は証拠の銀貨を現に持っていないにも拘わらず、無実の罪を着せらました。
無実を訴えたのであるが、判決は死刑ということになり、縛り首にされる事になりました。
巡礼者は刑を執行される前に、最後の嘆願として役人に、裁判官の家へ連れて行って欲しいと頼みました。
食事中だった裁判官の家を訪れた巡礼者は、テーブルの上の鶏の丸焼きを指さし、「私が無実であると言う証拠に、聖母マリア様が奇跡を興し、刑が執行される時にその雄鶏が鳴くだろう」と言いました。
その巡礼者の刑がまさに執行されようとした時、こんがりと焼けていた筈の雄鶏が皿の上に立ち上がり、高らかな鳴き声を上げたのです。
これに驚いた裁判官は、自身の誤りを認め、あわてて死刑執行場に行きましたが、刑は既に執行されていました。
しかし不思議な事に縄が緩んでおり、巡礼者は奇跡的に一命を取り留めていた。
当然、釈放されたその巡礼者がサンチャゴ巡礼を終え、数年後に再びこの町を訪れた時、聖母マリアと聖ヤコブ(サンチャゴ)に感謝を捧げる石の十字架を建てたのだという。

この伝説に登場する、こんがりと焼けた雄鶏は、今では幸福のシンボル「ガロ」としてポルトガルでも人気のマスコットになっているのだといいます。

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私が書いた小説 
幕末から現代に生まれ変わって、超常現象を介して話しが進むシリーズ。第六部まで完
<a href="http://www.kng2321-cbs.com/natukazakosino-new.html" target="_blank">「夏風越の(なつかざこしの)」</a>

心と体のためにに良さそうなものを集めていくページを作ってみました。興味をひくものがあると良いのですが・・・
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自分は才能・能力はあるし努力も人一倍して頑張っているのに、望む成果が得られていないとしたら、何故そんな境遇のままなのでしょう?
人知を超える力に触れることで道を開く方法を探ってみるのが良いと思うのです。

<a href="http://www.kng2321-cbs.com/why%20cleaning%20.html" target="_blank">なぜ自分で墓石クリーニングをすると良いのか</a>

2017年1月17日火曜日

他国の図書を毀損したんじゃまずかろう

大韓民国の英語表示は「ROK(republic  of korea)」であるが、英語ではsouth  korea と一般的に呼ぶから、日本でも南朝鮮と呼ぶ人もいるが、こう呼ぶのは北朝鮮国だから、そっち関係の人かと間違われる。
日本では、漢字表記ができるから、大韓民国或いは韓国と表記している。

韓国名を英語表示するのに「NGK(nationalstate  of great korea)」と変えるべきだと本気で唱える学者がいるらしい。何がグレイトなんだろうね? No goal keeper のことか?

まあそんなのは勝手だからお好きにどうぞっていうことになるが、外国に留学している韓国人学生が、その国の図書館や書店にある世界地図の「日本海」という表示を、「東海」というシールを持参して貼り付ける、という改竄をやっているという。
日本海というのは、韓国を除く全世界の共通認識であり、いかに声高に東海などと主張しても誰も相手にしない。

法治国家においては、シールを貼るなどのこれは器物損壊といって立派?な犯罪である。
韓国本国では、SNSに乗せた画像を見て、愛国者だと褒め称えているというが、民度が低すぎで何ともならない。立ち入り禁止場所が増えるのもむべなるかな、ということか。


2017年1月16日月曜日

武装解除した後に侵攻した

北方四島が日本の領土だということを、日本人は疑いもしないが、ロシアではそこに領土問題は存在しないと、国民の殆どが思っているらしい。
そもそもがどうであれ、戦後70年も放置すれば、そうなる。

1945年8月15日に終戦の詔勅が出て、武装解除をしているのを卑怯にも見計らって、8月18日、千島列島の占守島に、日露不可侵条約を一方的に破って、ロシアの大軍が侵攻した。
ここを占領した余勢をかって、北海道まで実効支配化に置こうとする目論みだったのだという。

私も最近まで知らなかったのだが、ここを守備していた池田連隊長の決断により、北海道は守られたのだという。



2017年1月14日土曜日

匙を投げられ始めたか?

反日教育が行き過ぎて、日本を相手なら何をやっても良いということになってしまっていて、問題のそもそもの出発点であるところの捏造の疑いが強い慰安婦問題を、冷静に検証してみることすらできない。
生き証人だと称する元慰安婦の証言だって、証言だというなら最低限裏付けをとるくらいのことをすればいいのに、証拠能力をもてるとはとても思えない。
世界中から「息を吐くように嘘をつく」と評価される国民が多い中、慰安婦が真実を語っていると頑なに信じ主張するのは、それが自分たちに都合が良いからだと思われてしまっている。
証言は、口にするたびにコロコロ変わるし、年齢の時系列すら齟齬を来しているのではないのか?
まあ、そんなことはどうでもよい。日本側は我慢の限界を超えてまで合意を図り、決着したということになっている。
しかしながら、合意事項を守る気はさらさらなくて、大使・公司の一時帰国を招く結果になった。
一時帰国どころか召還ということにでもなれば、それは国交断絶の前段階になる。
スワップも、日本が韓国と締結している間は、他の諸国も安心してそれを結んでいたが、日本が締結しないとなれば、他の諸国も次々に期間満了をもって終了する構えを見せているという。
それはそうだろう。国際協約を守らない国との信頼関係なぞつくれない。
ひそかに投下資金の引き上げも始まっているやに聞く。
何より、日本が本気で資金を引き揚げたら、経済はもたないだろうに・・・

政治家もポプリズム一色で、頭に血が上ってしまって騒ぐ民衆に迎合するばかりで、国際法を守る・国内法を守るということに導けないでどうするのだろう?
THAADの配備に関連して中国が制裁色を強めているし、ロシアもそれに合意の意向だというから、中・露・日・米・北朝鮮となると、四面楚歌どころか五面に対応せずばなるまい。
最後の味方が日本なのだと気づけもしないようでは、どうにもなるまい。


2017年1月13日金曜日

「信」が守れないのに儒教国だとは

儒教って何なのだろう?学問というより宗教に近い側面があるように思えてならなかったので、少し調べてみた。
あるべき姿だと思うことが現実とは違っても、歪曲してででもこうであったのだと思い込んで、歴史を事実として受け入れることができず、或いはそれがそうでなかったことを「恨」とする文化を、儒教だとしている国すらある。
ほんの100年程前でも、識字率が数パーセントしかなかった国の、または漢字文化を捨てた国が、さもさも儒教の国であるかのようにいうのにも、違和感がある。

中国では、春秋戦国時代、諸子百家と呼ばれるさまざまな思想が生まれたが、中でも特に重要な思想と言えば、儒教である。
儒教は中国のみならず、東アジア全域に多大な影響を与え、創始から2000年以上経った現代にも、その影響は続いている。為になる文言も多い。
儒教の始祖である孔子が生まれたのは紀元前552年、春秋時代であった。それに続く戦国時代は数多の列強が覇を競って戦った戦乱の時代であった。
諸侯は武力によってその力を誇る「覇道」に従い、実力ある者が目上の者を蹴落として成り上がる実力主義が横行していた。
春秋戦国時代以前の周国が覇権を握った時代には、身分制度に基づいて秩序だった社会が営まれていたが、その時代の秩序はどんどんと失われていった。
そんな中にあって、孔子は周の時代の古き良き社会の復活を理想とし、身分制度による秩序と、支配者が徳を持って社会を支配する仁道政治を掲げた。

儒教の教えの基本に『五常』と呼ばれる5つの徳性があります。
仁:人を思いやること
義:私利私欲に囚われずに、己のなすべきことをなすこと
礼:仁を具体的な行動として体現すること。後には特に人間の上下関係で守るべきこと
智:学問に励むこと
信:ウソをつかないこと、約束を守ること、誠実であること
この五常を守り広めることで、五倫(個人と他者や社会との関係。父と子、君臣、夫婦、長幼、友情)と呼ばれる関係性を守り維持すること。
秦の始皇帝は法治主義を唱える法家の思想を重んじ他の思想活動を厳しく弾圧。儒教もその例外ではなく、その教えを説く者を生き埋めにし、その教えを記した書物を焼き払う『焚書坑儒』というのが成された。「焚書」というのが否定的に捉えられていることは、学校の歴史の時間に習った記憶がある。
しかし、漢の時代に入ると儒教の価値は見直され、武帝が儒教を学問の正統として、五経博士という役職を置くことになった。
以降、儒教は中国思想・宗教の中心的な考え方としてその影響力をアジア全域に広めた。
秩序ある理想社会の実現を目指して創始された儒教ではあるが、それが社会にもたらしたものは、良い影響ばかりではない。
儒教が広まることにより、「孝」の考え方も一般化していったが、行き過ぎた解釈によるその「孝」が、政治に思わぬ悪影響を与えた。
それが外戚の問題である。
簡単にいえば外戚とは、皇帝、または王の母親や、妃の一族を意味する。
TVなどで韓流時代劇を観ていると、その愚かで悍ましいばかりの弊害場面を厭というほど目にする。
外戚たちは政治面でも権限を与えられてしまい、その権力を維持したいがため、彼らが権謀術策を弄してでも好き放題をした挙句、世の中が乱れるという事態が度々繰り返された。
政治は乱れて民衆は飢え苦しみ、中国では最終的にそれは黄巾の乱を引き起こす原因となった。
三国時代には儒教の教えを嫌い、新しい思想の道を模索する者たちも現れた。
彼らは老子や荘子といった道家の教えを信奉し、世俗を超越した哲学的な議論を好んだ。実学とは相いれない「白馬学派」などというものまであった。
白馬は、「白」という字がつくから馬ではない、などと大真面目で論じていたのだという。

学問は、何のためにするのか?
科学的なことばかりでなく精神的な向上も求められて然りだが、「五常」さえ守ることができずに、嘘をついたり他人の所為にして自らを省みることもできないようでは、人倫が民度の根底に育つことは難しかろう。
人モドキと揶揄されても、抗弁できないことになる。

我が国では、江戸時代でも国民の大多数が文字を読み書きでき、儒学も机上の空論とはせず実学に発展させ、国学までも起こしたのである。明治維新の原動力ともなった。
日本における武士道として昇華した規範は、神道・仏教・儒教を合わせ、義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠義と新渡戸稲造の「武士道」に顕されている。
「私」よりも「公」が優先される。

戦後、権利主張のみが叫ばれ、義務ということが蔑ろにされるようになった。
日本人の強さを支える精神的な教えは、日本を弱体化させる目的があったのか、陰に日向に追いやられてしまったかに見えるが、2千6百年にわたってDNAに染み付いた精神性は、大震災や大颱風などの大きな困難に直面すると自然発生的に命を吹き返す。
「日本人とはいったい何なのだ?」と、世界が驚嘆する対応力をみせる。
これらが残っているかぎり、日本人が誇りを失わず強くあり続けられるのだと信じる。
sinn 

2017年1月12日木曜日

国を愛せない人は誰も愛せないと思うが

以前は、韓国関連のニュースと言えば定冠詞のように「お隣の国」というのが頭についていた。「お隣の国韓国では~」という具合である。
最近気が付いたのだが、その定冠詞部分がなくなった。同じく北朝鮮は、北朝鮮と言った後に「北朝鮮人民共和国」と必ず言い直していたが、この言い直しも、いつの間にかなくなった。

今の日本というのは不思議な国だと思う。
言論の自由があるからだとはいえ、日本人でありながら、平気で日本を貶めるような言辞を弄する人が大きな顔をして、TVなどで偏向的な意見を述べる番組が継続している。
例えば、サイテーモーニングと揶揄されるものなどに出てくる人がそうである。
日本の恩恵を人一倍受けている立場でいながら、なぜにあそこまであからさまに悪口を言えるのだろう?
自分を愛し、家族を愛し、地域社会を愛し、国を愛してこそ世界を愛することができるのではないのか?
国を愛すると口にすると、それは右翼なのだろうか?

日本の為を思い、日本を良くするために言っているのだとは、到底思えない意見を代案もなく垂れ流している。
臆面もなく言い放っていたことが、仮令、後に間違いだったと明白になったとしても、訂正や取り消し、ましてや謝罪など一切することがない。
何の思惑からそうしているのか解からないが、純粋な日本人としては聞くに堪えない。
左翼は良くて、右翼は悪いという決めつけなのだろうが、平和の代表者のようなことを口にするが、左翼の方がもっと怖いと思ってしまう。
左翼が戦争をしないわけではないし、独裁による強権下、言論は封殺されるし、それを制度としている国の方が格差が大きいのは、世界の現実が示しているのではないのか?

それでも、日本人が日本のことを悪くいうのはまだ我慢できるのだが、日本人でもないのが出てきて悪口の限りを尽くすのは、いかなる番組の目的があってのことかは知らないが、腹立たしさが募るだけであるから、いいかげんにしろ!と心底思ってしまう。

日本でヌクヌク暮らしていて、どの口がそれを言うのだと思ってしまうのである。
祖国に帰ってそれを言うのなら、どうぞご勝手にということではあるが・・・
C国にしろK国にしろ、自国で自分の思うことをそんなに自由に口にはできまいに。

外国人が反日を口にするのは、その根拠に疑義はあっても止むを得ないが、反日的日本人というのはどのような思考回路をもっているのかどうにも理解しにくい。
何の根拠があってのことか知らないが、自分が敬愛しているように普段から口にしている国に帰化でもするならまだしも、そんな気配は微塵も見せない。自分が嫌にならないのだろうか?
民間人なら勝手かもしれないが、どこの国の国益を重視しているのかわからない人が、国民の生命・財産・国土を守る立場を担う議員として、国を蔑ろにするのは許されまい。

2017年1月11日水曜日

キムチが外交手段になる?

な~にを言ってんだかね~。

大使の召還に対抗してだか何だか知らないが、韓国文化を使うのを禁止しようとネット上で言っている人がいるのだとか。
韓国文化って何のことかと思ったら、キムチのことなのだという。

最近はキムチと言うのが一般的になったが、昔は「朝鮮漬け」と呼んだ。
キムチが日本古来のものだと思っている日本人は一人もいないし、日本起源説を唱えることはないのに、それを真剣に心配しているらしい。
日本人が食べるキムチは、日本人の好みに合わせ日本で漬けたものであって、韓国産の腐敗臭のするものを好んで口にする人は少なかろう。
別に、禁止されたって一向に困らない。
我が国には、数多くの種類の発酵食品としての、美味しい漬物がある。
それにしても、韓国人が日本料理店を経営していても文句はつけない。
イタリアやフランスも、それは同様であろう。自国の者が受け入れられて広まるのを、歓びこそすれ咎め立てなぞしない。

昔、まだ日韓関係がこんなにギクシャクしていなかった頃、済州島に観光に行ったことがある。
お土産に売店でキムチを奨められて買い求めた帰り、ホテルに帰ろうとバスに乗り込んだところ、
乗り合わせたいた現地のお婆さん二人が、ニコニコしながら日本語で声をかけてきた。
「いいものを買ってきましたね。」
厳重に包装されているようでも、匂いが漏れていた。
けっこう和やかに会話を交わして、良い気分でバスを降りたのを覚えている。
その頃は多分、反日教育というのは徹底的ではなかったに違いない。
「捉われ」というものがあってそれに拘ると、不幸な環境から抜け出せなくなる。
ましてや、その拘りの原因に疑義があったら猶更のことになる。
慰安婦問題も、「性奴隷」などと言い換えているが、命を的に戦った兵の、それも軍曹クラスの給料の20倍もの手当で公募した新聞が現に存在しているし、戦後の米軍による聞き取り調査でも、高給を得ていたことが明らかになっている。
高給を貰う奴隷っているのか?
クリーンハンドの原則というのがある。
日本のそれは、信頼できる証拠というものがなくて、捏造歪曲されているとの指摘が多いが、ベトナムでの韓国の修行は証拠まで確実にある。
不思議に思うのが、北朝鮮が拉致問題に対抗できる絶好のカードにできるはずが、それを出してはいないのは何故なのだろう。
日韓が揉めてほくそ笑むのは、北朝鮮と中国。
騒ぎを目論みがあって煽っている人がいるのかも知れない。
自分に実害がないのに群れて騒ぐ人が多いと、問題は本質や事実から遠ざかる。

いつまでも憎しみを継続させるようなことをしているのは、自身にとっても不幸なことだと思えてならない。仲良くできる道を進むのが良いに決まっていると思うのだが。