2013年10月8日火曜日

親の都合だといっても


 「わがみにかえても」という気持ちをもつ人が少ないご時世と成り果てては、このような情愛があらわれることが段々になくなっていってしまうのでは・・・。

 

 自分の都合が、もっと極端にいえば自分勝手な感情が何にも増して優先し、またそれを個性として助長しているような風潮では、相手をおもいやるなんてことは程遠い。

 

 うわっつらの、言葉での"やさしさ"なんてのを声高に言い募るばかりで、身をもって教え導く大人が少なくなってしまったのはなぜなんだろう。

 

 幼い子供の言動に、優しさをみることが多いのに、いつそれが失せてしまうのだろう。大人になるにつれて、自己中心的になるように思えるのです。

 

 お祖父ちゃんが、変なご飯の食べ方をしていた孫に食べ方のお作法を教えたら、「余計なことをしないで下さい。」と母親から文句を言われたんだと。

 

 そうです。ご飯のお茶碗は左で、お吸い物のお椀は右なのです。それはどちらにあっても大した違いじゃないじゃないか、なんてことで見過ごしてはならないのです。

 そういう小さなことが、社会に出たときにお互いの関係を滑らかにするルールなのだと思います。

 

 きのうの夕暮れ時、補助輪のついた自転車に乗った女の子を、母親が感情的に口汚く叱責しながら一緒に歩いておりました。

 何を怒っていたかというと、少し先の交差点を渡る都合上、道の右側を進めと母親が言うのに、女の子が交通法規を守って左側を行こうとするのが気に入らなかったらしい。

 よっぽど母親に注意してやろうかと思ったけれど、後で女の子に八つ当たりするに決まっていそうだったのでやめておいた。

2013年10月6日日曜日

よろしかったでしょうか?という変な問いかけ


電話に出ると「○○さんでよろしかったでしょうか?」と聞いてきた。

こちらは受話器をとったときに「○○でございます。」と、その時点ですでに名乗っているのにであります。

 

聞きなれない声だし、どうもセールスらしいので、「よろしくはないけど、どちらにお掛けになったんですか?」と尋ねると、確かに当家に電話していることに間違いはないのだけれど、自らを名乗りもしないでクドクドと無遠慮に質問してきました。

 

「で、手短にいってご用件は何ですか?」「~~~~~」「そうですか、ご苦労様。その気はないので他所で頑張って頂戴ね。」と告げた。

受話器の向うで話を引き伸ばそうとしている声がしているが、忙しいし、もう相手をしてはいられない。

 

電話したのなら、「○○さんですか?」とか「○○さんでいらっしゃいますか?」

であって、「よろしかったでしょうか?」というのは何の許しを求めているんだかわからぬ。

 

 買い物をする時のレジでも、変な言葉遣いがされていることが多い。

「1000円からお預かりします。」とか「1000円からで宜しかったでしょうか?」など。

「1000円お預かりします。」か「1000円からで宜しいですか?」というのが日本語。

「1000円で大丈夫ですか?」と聞く人もいる。

 こちらが、代金として足りるかどうか聞いているのではなくて、店員さんがそう言うのです。

 

「れる」「られる」や尊敬語、謙譲語、丁寧語は、基本がわかればそんなに難しいことではないように思うのだけれどね。若いうちに教養としてきちんと身につけましょうネ。

日本語は素晴らしい感性を育ててくれる言葉なんだから・・・

2013年10月5日土曜日

たんと(沢山)ある


 ささを"たんと"きこしめすことを長きにわたって繰り返すと、皮膚、とくに鼻の頭が赤くなります。これをサカヤケと申します。

勿論、そこだけ焼けるというわけではなくて、額と額の上、頬などが猿のように赤くなりまする。

 

 ゆくゆくは肝硬変などといふ恐ろしき病の原因ともなりかねませんので、ほどほどがよろしいようでございます。

 

 毛の生えている頭を剃ると、月代は青くなります。(なんでこれをサカヤキって読むんだろうね?)

 

 そのほかにサカムケというのがございまして、ムクと大抵のものは痛いのです。

 「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」と申します。

 

 ほしのり にんじんたまごにみかん あおなのなかにも タントあるたんとある

 

なにがたんとあるかっていうと、ビタミンA 。これがわかる人は、かなりの年です。

 

しからば、ビタミンBはなんにあるか? こんなん知ってるのは戦後間もなくの小学校に通った年代くらいかも知れません。

ビタミンビタミンABC~という歌があって、栄養教育に役立っていました。

 

ヤベー話しは、ほんとにヤベー。

ユウちゃんが(石原の)言ってるのはカッコよかったけど、大体が品のいい言葉ではない。

いいとこの坊ちゃんや嬢ちゃんが使ったんじゃまずかんべー。

かくれて使うから許されるのであって、人前でおおっぴらにつかっちゃぁいけません。

 

おたあさまや、おもうさまが、ちゃんとしてないとそふなってしまふのです。

親も先生も、おとなが信念をもってきちんと導けないで、顔色を覗ってばかりいるのも言葉が乱れる一因かも。

2013年10月4日金曜日

出羽の守と呼ばれる人


 折り畳み式の小刀を、出羽の守といいますが(肥後の守だったっけか?)、それのことではありません。

キレモノと呼ばれた柳沢出羽の守のことでも、ノゾキの出歯の亀さんのことでもありません。

 

 世の有識者中には、「出羽の守」と呼ばれる人達がいるのだと、ジャーナリストの清谷氏が書いていました。

 

 「フランスでは、」とか「アメリカでは、」とか外国を引き合いに出して、日本が遅れていると主張するときの「デハ」という人のことです。

 本当にそう「デハ」なんだろうか。

 

 私の長男は、勇躍オーストリアのザルツブルグに留学して以来、プラハにも在住して、海外生活10年余になりますが、言っていることは、「日本て、なんて素晴らしい国なんだろう。」です。

 

 彼のブログを読んでもらえばわかりますが、あちらの文化には現地の人以上に溶け込んで、音楽・舞踊・工芸など、その国の芯にあることも汲み取るほどに馴染んでいてなお、彼はそういうのです。

 

日本人のオヤジとしては嬉しいし、諸外国に対してももっと皆が自信をもって振舞えばよいのにと思うことしきりです。

 

彼がいうのに、あの人は良いひどだからと新たに紹介してくれる人たちは、なぜか皆、日本人的な考え方や動きをすることが多いのだという。

日本の文化は、人情は、マナーは素晴らしいのです。日本人とわかるだけで、信頼されることが多いのだということも・・・

2013年10月3日木曜日

凄い名前がついている木の実


 なんともかんとも、すごい名前がついています。「キンタマハジキ」

 こどものころ、学校帰りの山道で、熟した実をとって食べたものです。

完熟して紫色となった実は、甘くて美味しかった。

 


この実の別名に「サルマメ」「ハチマキブドウ」などがあることは知っていたが、この植物は120種類くらいの名前をもっているらしい。

 

なんで、ナントカはじきの話題をとりあげているかっていうと、これって日本のブルーベリーということなのです。

 

ブルーベリーを日本で最初に栽培を始めた農家出身の夫人をもつ友人が、大粒のブルーベリーを恒例により同期会に持参してくれ、みんなで伴食したのですが、彼と帰り道が一緒だったので、その木の実の話しをしたところ、彼もそれがナカマだということを知っていて、なんとも嬉しそうな顔をして笑った。

 

彼が育ったあたりでの名前も、私のあたりの呼び名と同じく「キンタマハジキ」だったとのこと。
なんではじくのかね~。いたいのにね。

2013年10月2日水曜日

金木犀のお茶をつくって楽しむ


隣の家の庭に金木犀の大木があって、毎年この時季になると強烈な香りを運んでくるのですが、今年は何の香りもしてきません。

それもその筈です。大きな木は、バサバサに剪定されて枝も葉も殆ど残っていないのですから。

 

キンモクセイは、お酒に浸けて楽しむというのもありますが、お茶にして飲むというのもあります。

金木犀の花びらを集めて、紅茶や中国茶とブレンドすれば、手軽に金木犀の香りのお茶を楽しむことができます。
因みに、中国にはジャスミンティーと同じように、緑茶に金木犀の花を混ぜ込み、お茶に香りを移した「桂花茶」という花茶があります。



金木犀のお茶の楽しみ方

1:金木犀の花を集めます。(咲き始めの蕾のものの方が、香りが強く豊かです。)

2:汚れが気になる場合は、水でさっと洗います。(気にならなければ、そのままでも可)

3:「茶葉2:金木犀の花1」の割合を目安にブレンドします。発酵度の浅い銘柄がお奨め。
4:ティーポットで、通常のお茶と同じように淹れます。

2013年10月1日火曜日

精妙なアストラル体が癒されるピアノ演奏


粒の揃った澄んだ音を聴くことは快い。

秋の定例コンサートとなっているお話つきピアノリサイタルの開催が、後1ヵ月ほどに迫ってきて、ピアノとはこういう音だったのだと思い出させてくれるので、今年も楽しみです。
 
11月8日(土) 銀座の王子ホールにて催されます。






 

人間の躰は、精妙な波動エネルギーでカバーされていて、そのアストラル体は騒音や荒い波動で本人が気づかないうちに傷ついてしまうのだという。

良い音楽を聴くことで、それは癒される。

 

Astral Body

神智学で言うところの7つの身体(或いは4つの身体)のうちの一つで、肉体、エーテル体の外にある3番目の身体であって、感情や欲望などの深層意識を司る非感覚的な実体とされる。

アストラル体は、身体から離れて抜け出すことができ、幽体離脱はアストラル体が他の身体から抜け出るために起きる現象と言われる。