2015年1月28日水曜日

征服されなかったのは風水が理由?


半島は、長きにわたって中国の属国扱いされてきたというのは、世界で知られている歴史です。

C国も過去に何回も攻め入ったといいますが、ついに完全支配することはなかった。

海に出るのに、地政学上重要であったにも拘わらずです。

 

風水を重要視する中国で、この地を組み込むのはどうも好ましくないと考えたのだという説もあるようですが、覇権を争うのが良いということはない。

ただ、そんな歴史があるから、互いが恨みあい蔑みあっていることもあるらしいから、一見仲良くしているようでいて本気で仲良くできないということもあるようです。

近隣というのは、何かと難しい。

 

表だってに出てこないことというのは、どんなことでも解決が難しい。

 

2015年1月27日火曜日

我慢強い年金世代


年金の負担が、若年層にとって重いのだという。

少子化の現状を見ると、確かにそうなのかも知れない。

 

しかし、年金受給者層の多くは、戦後の貧しかった時代に、それこそ食べる物も食べず、寝る間も惜しんで、必死に経済復興に働いた人たちなのではないだろうか?

学問が必要だと考えれば、自らの生活費と学費を親に頼ることなく自らの働きで稼ぎ出し、いわゆる苦学して大学まで進んだ人も数多い。

 

世に出てからは、自分たちの親の世代を養うことにも不満をもらさず、必死になって働いた。

成功した人もいるし、さほどではなくて定年を迎えた人もいるが、陰日向なく努力したことは間違いない。

 

子供たちも育て上げ、ようやくほっとできるころになって、約束されていた年金が高いからとカットされるというのでは、報われない。

堪らない思いをしていることは想像に難くないが、彼らは声を上げることは少ないようです。

この期に及んでも、我慢強い。

 

2015年1月26日月曜日

実はエネルギー資源大国となれる日本


電池や核融合反応に不可欠であるリチウムは、いわゆるレアメタルと呼ばれるように、産地が限定されていて、入手するのに困難なことが多かった。
しかし、日本の技術は、海水中に無尽蔵といわれるリチウムを抽出することに成功したといい、特殊技術としてのこれらの特許も取得済みなのだという。
海中より得られるメタンハイドレード・マンガン・重水素etc.は、経済水域ということであれば世界で6位となる面積を有するから、日本が資源大国となる日は近い。


これらを、エネルギー源として活用する動きというのはいつ出てくるのであろうか?

そういう動きがでてきているということは、寡聞にして知らない。
それらに進む道を閉ざしているものがあるのだろうか?既存の利権構造というものがあるのだろうか?それとも膨大な資金が必要なのだろうか?

 

 

2015年1月25日日曜日

話題になった神と仏


初詣の帰り、神と仏はどう違う?ということが話題になりました。

 

大いなる意思とは、一体なんなのでしょうか。どのように現れるのでしょうか?

 

神と崇められるのは、日本やギリシャのように、いわゆる八百万の神々というように多神もあれば、キリスト教やイシラム教のように一神教というのもあるから、一概には比べられないが、一神教の神は、絶対伸であり、創造者という面が強調される。

この世の全ては、神が作ったものであり、人間に自由意志などはなくて、神の言う事には逆らえないということになる。

もっとも、誰が口にしたかということには疑義が生じる。天動説の時代に地球が回っていると唱えるなどは仮令それが事実であっても命がけであった。


八百万の神々などには、この世の創造者という面も一部あるが、どちらかと言えば人知を超えた力を持っっていることの方が強調される。

人を寄せ付けない険しい山や、何百年も生きた古木がご神木とされるのも、共通認識として極めて自然に受け入れられる。

このような神々は、敬い感謝することで持てる力を貸し与え、人間を幸福にすると信じられてきた。
一方、仏は、この世には気づけないでいるが確たる法則があり、それを自覚できた(いわゆる悟りを得た)人がこの世の四苦八苦はその法則から生じるのだから、それを実感できればそれらを超越し成仏できるとする。死ねば仏というわけではない。

全宇宙が自らの内にすべてあるのだと、思索と修行の中で悟るということである。

一つのものが別れて、それぞれがその持ち分として役割を果たすということであるなら、万物は等しく救済されねばならない。
法則にはずれれば、それは破壊に向かわざるを得ないということでもある。

2015年1月24日土曜日

神田明神


仕事始めの日には長蛇の列をなす参拝客が少し治まったのを見計らい、神田明神で昇殿参拝してから新年会をする、ということになっていました。

神社に参るときは昇殿参拝すると、感慨が違います。今年は、都合で集合時間に行けなかったけれど、代わりに会員のお爺さんたちが私の分も祈願してくれ、直会の品とお札を頂いてきてくれました。

宴会には参加できたので、その席でお礼を言って受領してきました。

 

神田明神は、武蔵の国 豊島郡芝崎村に入植した出雲系の氏族が、大己貴命を祖神として祀ったのに始まるとされます。

祭神は三柱。一の宮は、「大己貴命(オオナムチノミコト)。二のノ宮は「少彦名命(スクナヒコナノミコト)。三の宮は「平将門命(タイラノマサカドノミコト)。平将門神に祈願すると勝負に勝つといわれる。

平将門は、平安貴族にとって、神と祀って鎮めなくてはならないほど、その祟りが恐ろしかったのだといいます。

天神様として祀られた菅原道真も、同じなのだといいます。

 

 

2015年1月23日金曜日

日本刀に女性の「白銀師」がいるという


日本刀は、鞘を上にし柄を下にしても、決して刀身が滑り出るということはありません。

鞘の鯉口にぴったり嵌るハバキという工夫がされているからです。

 

ハバキはばき)は、日本刀の刀身の手元の部分に嵌める金具です。刀身は朴ノ木を削って作られる鞘の中で、棟(むね)とハバキによって支えられ、他の部分は宙に浮いている状態で保持されるように工夫されてています。

初期のころ、ハバキは刀工が鉄で作っていたといわれますが、後に専門の白銀師(しろがねし・ハバキ師)によって銅・銀・金などを使って装飾性の高いものが作られるようになった。

伝統の技術を継承する職人は少なくなってきましたが、大学時代に興味を持った女性で、卒業後、白銀師の修行をしている人がいるのだと聞きます。心強いかぎりです。

 

日本刀は・刀身・鍔・鞘・ハバキ・柄等々に勝れた職人さんがいて、世界に冠たる実用と美を兼ね備えた文化を伝承してきました。分業したというのも凄いことです。

 

2015年1月22日木曜日

時代劇を見ていると


鍔の付いた大小を差しているのは、武士であることの証明でした。

浪人などが生活に困って差料を売り払っても、武士であることを捨てられないと、刀身を武光などに変えて、外見を保った。

町人たちが二本差しと呼んだのは、武士のことでした。

 

武士が締めていた角帯は、幅も広く厚手で、重い刀を固定するのに適しています。

角帯は、腰に三周回して後ろで結びますので(結び方にもいろいろある、帯と帯の間が二個出来ます。

脇差は体の外側の隙間へ、大刀は体寄りの隙間に刃を上にして差しますが、先に差す脇差しは体の正面寄りに差し、後から差す大刀は、大小の鞘の交差が90度位となるのが普通です。

1メートルほどの刀(もっと長いのを差す人もいた)を、抜く手も見せず刀身を鞘走らせる為には、鍔の位置関係や大刀をどのくらいのところで帯にとどめるかに工夫があったようです。

 

差し方にも色々あり、横から見て刀が地面と水平になっているような差し方を「かんぬき差し」と呼び、鞘尻が下がって柄が胸側に近づくのを「落とし差し」と呼びました。

着流しのときなどには、この差し方が多いように見えます。