2021年2月16日火曜日

ここまで来ても揉めるオリンピック

 

御注進外交といわれるものの不適切さは、過去にいくつも指摘されている。

極めて国内的な問題である筈の靖国参拝が揉めることになったのも、慰安婦問題が事実と違うことで世界的に取り上げられたのも、自分たちの主張を押し通したいけれど通用しそうにないことを、外国を巻き込むことで広める手法として、A新聞や左巻きの人たちが多用した。

日本を貶めることで何を得ようとしたのか、今もってさっぱり解らない。イデオロギー的な動きを重要視していたのであったとしたら、受け入れられるようなものではない。

日本は属国ではないのである。

今回は、女性蔑視発言といわれるものであるが、全文を読めば8ページにも及ぶ森会長の発言の一部を切り取り、かれらが都合の良いようにタイトルをつけて発信したことによる。

体質は全く変わっていないといえるのではなかろうか。

何故なら、森氏の発言内容は、女性蔑視どころか女性の能力を重要視しているとしか思えないというのが全体像なのではないのか?

それを女性蔑視発言があったとのタイトルをつけて発信すれば、その部分にだけ反応して、内容まで読む人は殆どいないのではなかろうか?タイトルの付け方に悪意がなかったか?

結果として森会長は辞任することになったが、この大組織を纏められる後任者が短期間に決められるとは思えない。

報道は、そんな後のことにはまったく責任を負わず、引きづり下ろしたい人をそうできれば、それで大成功であり終わりである。オリンピックが成功しようが失敗しようが、そんなことはどうでも良さそうである。

 

新聞もTVも、自分たちが女性を重要視しているとはとても思えない。どの口がそんな批判をすることができるのかと疑問に思ってしまう。なんとなれば、それらの組織の中に、女性役員が殆どいないことをもってしても明らかである。

マスコミは口を開けば権力の監視をすることが役目だというが、それは事実を報道した結果が権力の暴走に制限をかけるということであって、意図的な報道が許されることとは違う。

誰の意見かすらわからないことを情報源の秘匿義務というのを口実にして、政権批判にだけ終始しているように見えてならないことが多いように思える。

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