2019年10月23日水曜日

宣伝だけは熱心だが


K党の宣伝カーがやってきて、政権与党の批判を聞かされるので、彼らの信じる社会主義・共産主義というのはどんなものなのか?と考えてみた。彼らの言う公平って何なのだろう?
それを実現した国というのを実感できたことがない。
共産主義を唱えたのはマルクスの「資本論」であることは知っているが、それを読んだことは一回もない。
そもそもマルクスは貧乏人ではなく、金持ちの親戚に寄生していたアル中だったと聞いただけで、読む気は最初から失せた。
私有財産を否定して全て国有財産とし、民衆にそれを公平に分配するというのが骨子なのだと思うが、それが成功した例というのはあるのだろうか?
ロシアは潰えたし中国だって富の公平な分配などからは程遠い社会構造となっていることは周知の事実であろう。
革命のために貧困層の不満を煽り糾合するのに唱えた富の公平な分配というのは、一見耳障りが良い。
しかしそれには前提条件がついていた。即ちその社会を実現するには優れた指導者がそれをしないと、愚かな者が成しえることではないとしたのが事実であろうから、封建時代の王たちがやった易姓革命とたいして変わりがない。
それは当然のことながら凄まじい権力闘争を伴い、政敵を排除するのには粛清につぐ粛清の連続であった。
権力闘争に勝ち残った者が何をするのかといえば、権力の集中と富の独り占めであり、その権力を維持するための言論統制であることは歴史事実が示しているとおりである。

社会の仕組みも、互いの憎悪を煽り、他人の幸福を妬み、不満を常時抱え込む密告社会の状態でないと政権を維持できなくなることは容易に推定できる。
そのように社会に不安をもっていたのでは、消費が低下するのが当然であるから、表面的には近代化できたように見えても真の経済発展は望むべくもない。
中国がGDP世界第2位にまで発展したではないかという人がいるが、人口が14億人もいるのだから、それを抜きにしての判断はできまい。国民一人当たりにしたらどうなのか?民の多くが幸せかという話になると、それには絶対ふれない。格差社会であることが最初から歴然としすぎている。既得権を持った支配層が、いまさら富の分配をするわけがない。
ちなみに「中国に行って住みたいか?」と尋ねて「そうしたい」と答えた人がまず居ないことに端的に表れている。反日を普段から唱えている人たちはどうなのだろう?

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