2013年4月16日火曜日

1200年前の役所遺跡群


長野県飯田市座光寺に、恒川清水(ごんがしみず)という清水の出るところがあります。

前方後円墳である高丘古墳の歩いてすぐ近くにあります。

 

この地に恒川遺跡群があります。

奈良・平安朝の役所であった伊那郡衙(いなぐんが)で、1982年からの発掘調査で、その姿がだんだん明らかになってきています。

郡衙は、政治の中心であるとともに、都の最先端の文化が真っ先に入ってくる所でもありました。

近くには、善光寺の元になる元善光寺があり、村の名前である座光寺の由来となった寂光寺も作られました。

古墳群が多いことでもわかる通り、豪族たちがなった郡司という役人を先頭に、東国の表玄関になこの地は、交通の要衝としての役目も果たした。

 

発掘により、税である稲などを納めた倉庫(正倉)や、役人や行き来する使者が泊まった建物(館)跡などが沢山見つかっているほか、県宝である「和同開珎銀銭」も出ている。

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