2018年2月25日日曜日

歴史を押し付けられていないか?

戦後に学校教育を受けたから、1億総懺悔の時代でもあり、日本は酷いことをしたのだと言われても、そうだったんだとしか思えず育った。

しかし、まわりの大人たちの言うことややることを見ていて、日本人がそんな残虐なことをしたとはどうしてもずっと信じられなかった。
道徳感や倫理観、国民性が数年で変わるわけがあるまい。

戦勝国が押し付けてきた歴史観というのは、そこで終わっていれば、そのまま今も受け継がれたのかも知れない。
しかし、戦後何十年にも渡って中国や韓国が使ってくる度を過ぎた歴史カードに、若者たちが反発し、疑問を持つに至った。
その意味でいえば、反面教師としての働きをしてくれたことで、歴史に目を向ける機会を得られたことは良かったのかもしれない。

その気になって調べれば資料は山のように手に入るし、事実を事実として捉えることができる。
捏造してまでそれらの国が国内の都合で反日の為の喧伝・教育したものは、日本の若者たちの多くが、証拠に基づき論破できるようにまでなったのだと感じる。

A新聞の報道により世界中に広まってしまった慰安婦問題は、日本を貶めたことでは特に問題が大きい。それを糺そうとすると、歴史修正主義だといって真実まで退けられるに至っていて、この軛から逃れることは難しくなっている。
それに限らず、歴史というのは、事実が事実通りに認識されるのであれば、受け入れざるを得ないが、どうも違うことが多そうである。

そうは言っても、善も悪も一方的なものではないのは確かであるから、公平公正であらねばならないことは当然である。
国粋主義的に日本を敢えて擁護しなくても、事実を知ることで取り戻せる日本人の自尊心というのは大きいのではなかろうか。
世界に向かって修正することを求めなくとも、日本人として知っておくべき事柄は多い。
自分達がしっているだけでも良いのだと思う。

日本の進歩人と言われる人は、何故か反日を旨とする人が多いが、学者は真実を追求するのが本来の目的であって、その知り得た真実を広く知らしめるのが仕事なのだと思うのだが・・・
そういう動きはなかなか起こって来ない。それをすると右翼だと決めつける勢力が根強いからかも知れないが、右翼だ左翼だの問題ではあるまい。

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