2019年8月19日月曜日

自虐史観を刷り込まれた


終戦の日の前後になると、TVなどでは特別番組というのが放映されるが、戦争反対はその通りであるにしても、偏っていないだろうかと思えることはある。
どうしても、戦後に放送された「真相はこうだ」を思い出してしまうからである。
その流れから脱却できないでいる色あいが残っているように見えて仕方がない。

大東亜戦争が終結した後には、進駐軍側の占領政策が施かれた。

日本が全て悪いとするためのWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)文書があったのだということは、知る人ぞ知るところである。

WGIP文書(1948年3月3日付で民間情報教育局から総参謀二部に宛てた「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」と題された文書)が使われているのだとされる。
その影響は、以後の日本を長きにわたって「自虐史観」に閉じ込めた。

戦勝国側に都合よく書かれるのは歴史の常であるが、このような人々のマインドセットを解くには、WGIPだけでなく、それを含む占領軍の心理戦の全体像と、それらの理論的仕組みを明らかにする必要があることは確かであろう。

まずアメリカ側が戦争というものをどのように考えていたのか明確にしておくことが必要となる。
ハロルド・ラスウェルの『心理戦』(Psychological Warfare,1950)によれば、戦争は軍事戦、政治戦、心理戦に分けられる。政治戦とは政治的手段によって、心理戦とはプロパガンダや情報操作によって、相手国やその国民を従わせることだとしている。
それはイラク戦争やアフガニスタン戦争を見ても、軍事戦の勝利だけでは、目指す目的が達成できないことは明らかである。それを達成するためには、政治戦と心理戦においても成功を収める必要がある。そうしないと、軍隊が引き揚げたとたん、政治は戦争の前に逆戻りし、民衆は復讐のため再び立ち上り、戦争をもう一度しなければならなくなる。

ラスウェルは、シカゴ大学教授で『世界大戦におけるプロパガンダ・テクニック』(Propaganda Technique in World War,1927)などの多くの著書がある政治コミュニケーション、とくにプロパガンダ研究の大御所だとされている。
『心理戦』は出版年こそ1950年だが、書かれている内容はアメリカ軍が先の戦争以来実践してきた心理戦、とりわけホワイト・プロパガンダ(情報源を明示し、自らに都合のいい事実を宣伝する)、ブラック・プロパガンダ(情報源を明らかにせず、虚偽の宣伝を行う)、グレイ・プロパガンダ(情報源を明らかにせず、紛らわしい情報を流す)を使い分けた「思想戦」(the Battle of Ideas)をわかりやすく解説したものなのだという。
戦争というのは、戦闘行為のみではない。

日本からサイパン島を奪取した後、そこからホワイト・プロパガンダを日本向けに放送した。同年末にはOSSが同じ施設を使って今度はブラック・プロパガンダ放送を始めた。
ダグラス・マッカーサー率いる太平洋陸軍にPWB(心理戦部)が作られたのは44年の6月だった。この新設部局のトップにはOSSからやってきたボナー・フェラーズ准将が就いた。マッカーサーのOSS嫌いは有名だが、フェラーズは30年代にフィリピンに赴任したことがあり、このときの経験から36年に「日本兵の心理」という論文を書いていたので適材だと思ったのだとされている。

45年8月14日、日本はポツダム宣言を最終的に受諾して降伏し、翌日に玉音放送が流れて戦争が終結した。
マッカーサー率いる太平洋陸軍は日本にやってきて占領軍となり日本人にGHQ(正式名称はSCAP)と呼ばれることになった。
戦争中に日本兵相手に心理戦を行ったフェラーズ、グリーン、ダイクも、新しい占領地日本にやってきて、引き続き心理戦を行ったが、今度のターゲットは兵士ではなく一般市民だった。
日本人は、占領は戦争の終わりだと考えているが、彼らにとっては、それは軍事戦の終わりであって、政治戦と心理戦の新たな段階の始まりを意味していた。

政治戦とは、軍閥打倒、戦争指導者追放、財閥解体、そして、「民主化」、「五大改革(秘密警察の廃止、労働組合の結成奨励、婦人の解放、教育の自由化、経済の民主化)」と彼らが呼ぶものを実行することだ。これによって占領軍は日本の指導者が最後まで護持しようとした「国体」をアメリカの都合に合わせて変えようとしたのであった。

45年9月22日のSCAP文書によるとCIEの設置目的と機能は次のようなものだった。

 1.CIEは総司令部に日本および朝鮮の公的情報、教育、宗教そのたの特殊な問題について助言するために設置された。

 2.部局の果たすべき機能は、次のことについて勧告すること。

(1)連合軍の情報と教育の目的を達成すること。

(2)あらゆる公的メディアを通じて信教、言論、集会の自由を確立すること。

(3)あらゆる層の日本人に、彼らの敗北と戦争に関する罪、現在および将来の日本の苦難と窮乏に対する軍国主義者の責任、連合国の軍事的占領の理由と目的を周知徹底せしめること。

 CIEのターゲットが日本のメディアと教育機関だったことは明白である。ここを完璧に抑えた。

アメリカ本国からマッカーサーに対して次のような初期基本指令が通達された。
「貴官(マッカーサー)は、適当な方法をもって日本人のあらゆる階層に対してその敗北の事実を明瞭にしなければならない。彼らの苦痛と敗北は、日本の不法にして無責任な侵略行為によってもたらされたものであるということ、また日本人の生活と諸制度から軍国主義が除去されたとき、初めて日本は国際社会へ参加することが許されるものであるということを彼らに対して認識させなければならない・・・(後略)」

ダイクは、(1)日本が敗北したということ、(2)その苦痛と敗北は日本の不法にして無責任な侵略行為によってもたらされたということを周知徹底させるために二つのメディアキャンペーンを行った。
その第一弾が『太平洋戦争史』である。CIEは自らが用意したこの記事の原稿を日本全国の各紙(とくに朝日新聞、毎日新聞、読売新聞の三大紙)に掲載することを命じた。
十数回に及ぶ。

ラスウェルの分類にしたがえば、これは、情報源を明らかにし、事実を述べているのでホワイト・プロパガンダだということになる。 
しかし、GHQがポツダム宣言の第十項にうたった言論の自由に自ら違反してプレスコード(新聞などに対する言論統制規則)によって日本のメディアから報道の自由を奪い、かつCCD(民間検閲支隊)を使って検閲を行っていたことだ。しかも、日本国民には彼らがそのようなことをしていることは隠していた。
報道や出版物を検閲しただけでなく、日本の書物を焚書したことも知られている。

『太平洋戦争史』のラジオ版ともいえる『真相はかうだ(こうだ)』を日本放送協会のネットワークを使って放送させた。
それはこのように始まっていた。
アナ「われわれ日本国民は、われわれに対して犯された罪を知っている。それは、誰がやったんだ」
声「誰だ、誰だ、誰がやったんだ」
「まあ待ってくれ。この三十分のうちに、実名を挙げて事実を述べます。そこからあなた方のほうで結論を出し、日本の戦争犯罪についての判断を下してください。……
アナ「真相はこうだ! ……この番組は日本の国民に戦争の真実を伝え、その戦争がいかに指導されたかを知らせるものです……

このラジオ番組がおおいに問題なのは、その内容もさることながら、ブラック・プロパガンダだったという点だ。あたかも日本放送協会の日本人スタッフが作ったようにミスリードしながらも、実際はCIEのハーバート・ウィンド中尉がシナリオを書いて日本人の俳優に演じさせたものだった。このため、これを聞いて激怒した聴取者は、抗議の手紙を日本放送協会宛てに送った。なかには「月夜の晩ばかりではないことを覚えておけ」と凄むものもあったという。製作したのが占領軍のCIEだと知っていたら、こんなことはしなかっただろう。
しかし、大本営発表に嘘が多かったことも与って、日本国民はいとも簡単にそれを信じた。

アメリカの占領目的を達成するためには、日本人が敗戦のショックから立ち直り、我に返る前に、心理戦を次々と仕掛けて成果をあげておかなければならないということであった。
7年間の徹底した宣伝効果は、広く浸透した。
彼らに忸怩たるものがあったことの裏返しの側面もあっただろうけれど、日本国民に戦争の責任が全くなかったとはいえないのに、それを口にすることは憚られた。
アメリカ軍自身も、投降してきた日本兵を多数殺したこと、広島・長崎で人道に反する無差別大量虐殺を行ったことから日本人の目をそらすためだったが、それは戦争を終わらせるための正義だったと押し付けられても、やむなく受け入れざるをえなかった。

ことほどさように、日本を悪として決めつける為には、あらゆる手段を用いた。
慰安婦の尋問もそうである。しかし、それはいかように調べてみても、売春婦であると結論付けるほかなかったので、米軍によりそれが表面化することはなかった。
A新聞の捏造報道は罪深い。

日本人は二度と戦争を起こすことはないだろうが、自衛を放棄したということではあるまい。
誤ったメッセージは、紛争を招きかねない。安全対策は不可欠である。

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