同期生が、少しずつ欠けていきます。黙って手を合わせて見送る。
昭和30年代までは、仕事に就くのは生きるためでした。
生きること、即ち食べるためが重要な理由でした。贅沢は言っていられませんでした。
意に染まない仕事であっても、就いたかぎりは、言われることができるようになろうと努力するのが先で、文句など言わず一所懸命でした。
貧しいことはどこも一緒だから恥ではなくて、努力しないことや世間様に顔向けできないことをするのが恥とされる時代でした。
いかに貧しくても、我が子には可能な限り教育をしようと歯を食いしばる親を見て育ったから、世に出てからも地道に働き、経済成長や子供の養育に励んだのだと思います。
志を果たした人も、半ばにして及ばなかったひとも、一様に穏やかな顔をして終焉を迎えているのは何故だろう?仕事の為に、振り返るのも難しかった家庭ではどうだったんだろう?
誰も解ってくれなくても、自分としてはやれるだけやったとの思いがあるからなのだろうか?
見たこともないほど、喩え様もないほどの顔です。
良い友たちに恵まれました。彼らの域に達するには、まだまだ修行の日々を生き続けなければなりません。
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