2016年9月6日火曜日

司会が公平であると思えない討論番組というのはある

自分では、右でも左でもない真っ当な中道だと思っている。
長い伝統に培われた文化を極端には変えない方が良いと思っていることから言えば、保守とはいえる。
良いと思われるものは、だんだんに取り入れていくのが好ましいと思っている。

我が国にはリベラルを標榜するジャーナリストを名乗る3人のT氏がいた。
彼らは、他人の意見を受け付けない人のようにいつも感じていた。
自説をまくしたてるばかりか、他人が意見を述べている最中に割って入り、論点ずらしをすることが多いので馴染めなかった。
場合によれば自分が知りえたことを都合よく解釈しているだけで、皆がよりよい方向に向かうための方策というものを提示したことは殆どない。
原状の不備を責め立てることには長けていたが、大衆を味方につけようと過激とも思えることを口にしたが、共感を得られるほどのことはなかったのではないだろうか?

一般人でも、教育レベルは高くなっているし、自分で考えられる人も多くなっている。
マスコミを使って自分の思惑通りにリードしようとしても、それはもはや見透かされる民度に育ちつつあるということなのであろう。
いずれにしても、他人に引きずられることなく、自分で冷静・合理的に判断できる素養を持つことは大事なのだと思う。

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