2021年8月9日月曜日

オリンピックは終わったが

 

東京オリンピック2020が終わった。33競技が実施され、野球・ソフトボール、空手、スケートボード、スポーツクライミング、サーフィンの計5競技が追加種目として開催された。問題は多々あったにしても、日本だからできたのだというのが世界諸国からの評価ではなかろうか。

開催については賛否両論あったが、長期間の練習を積んできた世界各国の選手たちはそれを平和裏に競い合う場を得られたことに感謝しているのだと感じられる。

 

ものごとは一方向からだけ見て自分の主張のみが正しいとして他に強制しようとしても、なかなかそうはいかない。個々の意見は多様であり、それはオリンピックに限ったことではない。

開催中の各国選手の頑張りは人々の胸を打つことが多かった。

開催に強硬に反対していたTV局が一所懸命取材して成績や活躍ぶりを報道していたが、国民の反応に迎合した二枚舌行動だとの意識はなさそうであった。

終わればまた手のひらを返したように批判姿勢に戻るのかと思うと、暗澹たる気持ちにさせられる。

彼らは一体どのようにするのが良いと思っているのだろうか。

批判ばかりではなく、現実に可能な案を提示しないと、国民は納得できない。

コロナ禍の中に居ても、みんなで協力しようという報道姿勢を見せるよりも、誰かの不備を責めることだけに終始していたのではないのか。

命と経済を比べて経済活動を悪だとして騒ぎ立てたら、対抗手段はない。

しかし、命をつなぐために衣食住を守るという経済活動が必要なのだという現実をを軽く見ることはできない。国が金を出せというが、金が有れば物が生産でき供給されるるわけではない。

マルクス主義者らしい人が、弊害は資本主義の限界がもたらすのだと主張していたが、共産主義がそれに代われるなどと信じている人は殆どいないのではなかろうか。

彼らは耳障りのよいスローガンを打ち立てるが、それによる政治形態は権力闘争に終始することが常態化し、民衆の為には働けないのだという結果を見せつけすぎてしまった。

肌感覚で優しさを感じられるようになる期待は一切なく、冷酷さの方をより多く感じる。

これから先、誰が何を言うかを冷静に見極めなければならない。口当たりの良い言辞を弄し、国民の味方面をするだけの人には用心が必要だと思う。

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