2017年2月6日月曜日

帰国ぎりぎりまで約束を守ったカナダ人

隣にカナダ人が住んでいた。仕事の関係で来日していたのだと思う。
顔を合わせれば、必ず挨拶をした。どうかしてこちらが気づかずにいるときでも声をかけてきた。他の日本人住人は滅多に挨拶なぞしないから、外人ながら天晴と思い、親しみを感じていた。特別こみいった話をしたことはない。こちらは英語に堪能というわけではないし、彼も日本語は苦手のようであった。
昨年の秋、近々カナダに帰国することになったので、親しくしてくれたお礼に、ベランダにある植木を貰ってくれといわれた。
彼が大きな植木鉢で何鉢も育てていたのは、何が気にいってのことか「オオアレノ野菊」という高さが1メートルにもなったキク科の雑草である。これは花が咲いた後に種がいっぱいでき、増えすぎて困る厄介な植物である。当方は盆栽の鉢をいくつか育てているから、置き場所がない。かといって無碍に断るのも気の毒だから、庭木の間に置いて、彼がいなくなったらその雑草を処分すればよいか、ということにした。
何日か使って部屋の片づけは終わったようだし、姿も見かけなくなったので、空港近くのホテルにでも移ったのかと思っていた。お別れの挨拶くらいはしたかったと残念だった。
何日かした朝、チャイムが鳴ったので玄関に出てみると、そのカナダ人が、何枚かの書類を手にして困り果てたような顔をして立っていた。早口で喋ることを何とか聞き取ったところ、本日、公共料金の最終支払いをすることになっていたのだが、約束の時間を過ぎたのにまだ係の人が来ない。電話はすでに解約してしまっていて連絡ができないので、私の携帯電話を貸して欲しいということであった。お易い御用だからすぐに電話を手渡してあげたのだが、そこから先が一向に進まない。
ああそうか、例によって日本のお役所仕事で盥回しにされているのだなと気づき、電話を替わってあげ、書類に書かれている連絡先と思しき番号にかけなおした。いくつかの窓口を経て、ようやく担当者に繋がった。
「最初にお断りしておくが、私は代理の者であり本人の隣に住んでいる。本人は、本日カナダに帰国することになっていて、料金の支払いをするために約束の時間を待っていた。担当者がこないというがどうなっているのか?」と聞くと、しばらくお待ち下さいといって少し間があり「確かに本日その時間が指定されております。」という。「それで、後何分待てば係員がこられるのか?飛行機の時間は決まっているから限度まで待っても後1時間ほどだといっているが。」と伝えると、確認してお電話をさしあげますという。
電話を切ってすぐに、コール音が鳴った。「申し訳ございません。当方の手違いで、その時間までにお伺いできません。」「ではどうするの?先方は約束を守っているのに、約束を守ることが鉄則である日本人がそれをできないという事態になってしまっている。日本に対する不快な思いを残すわけにはいかないでしょう?」「はい、申し訳ございません。そのままご出発下さって結構ですとお伝えください。」「確認するけど、チャラにして良いってこと?」「はい、左様でございます。」話は終わった。
心配そうにしているカナダ人に、もう出発してもOKだと怪しげな英語でいったのだが、よく解らない様子。支払いを踏み倒して帰国すると、カードの信用が落ちるというのは常識であるから、「No problem.It’s all finish.You can go.」とさらに怪しげな英語でいいながら、Good Luck!と肩を叩いてあげた。
深々とお辞儀をして、待たせていた車に乗り込んで、彼は去っていった。
午後、チャイムが鳴ったので出てみると、料金徴収の担当者だという男が立っていた。「日本での悪い印象を最後に残さないで帰国して頂くことにお骨折り頂き、有難うございました。」と丁寧に頭を下げた。日本も捨てたもんじゃない。
「料金を取りっぱぐれて損しちゃったね。」と軽口をたたいたら、「いえいえ、それどころではありません。本当に有難うございました。」と答えた。



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