2017年10月22日日曜日

日本を良く見ていた世界の知識人

ラスベガスで銃の乱射による多数の死者や負傷者が出たという事件があった。
しかし、それによって銃の規制がされることはあるまい。
自分の身は自分で守るのが権利であり、使われた銃よりもっと強力な銃を対抗手段として持とうとするのが彼らの考え方なのだろうから、簡単に社会構造が変わるとは思えない。
他国人がとやかく言っても始まらない。

戦国時代、豊臣秀吉が刀狩りというのをした。これは強制的にやったということであるが、治安に不都合なものは取り上げるということで効果はあったのではないだろうか。
明治維新後に廃刀令というのが出された。
武士の魂であるとされた刀を捨て去るには、簡単にはいかない問題もあったのではなかろうか?
それでも、それは為された。

歴史を遡れば、種子島に漂着したポルトガル船により、火縄銃が2丁もたらされた。
数年後、大量の火縄銃を売りつけて大儲けしようとしてポルトガル船が再来したところ、最早もっと性能の良い銃が夥しく出回っていて仰天したのだという。
江戸時代には、世界中で一番多くの銃を保有していた国であったとされるが、何故かそれを使うということはなかった。
日本人というのは、特異な考え方をする国なのだろうか?

西欧列強により東南アジア諸国が植民地化されていた帝国主義時代、日本だってその対象国ではなかったとは言えない。
しかし、江戸時代においてさえ日本人の識字率は70パーセントを越え(ロンドンでも20パーセントの時代)、精強な武士団が全国に存在している日本を植民地化なぞできなかった。

大東亜戦争に敗れ、戦勝国から日本が分割統治されて植民地化する危機はあったが、それを救ってくれたのは東南アジア諸国であったことは知って感謝した方が良い。
スリランカ ダルマパーラの演説

日本を絶賛した世界の知識人、という動画があった。

絶賛と言えば、真珠湾の記念館には日本軍の決して民間人を標的にしなかった戦いぶりを絶賛している展示があるのだという。米国軍人もそれを是としているのだという。
戦後教えられてきたのは、そこは日本人が近寄れない反日オンパレードの拠点だということであった。
どちらが本当なのだろう?いつか自分の目で確かめてみたいと思っている。

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