2017年10月8日日曜日

寛容という言葉を使って良いのか?

相互にその権利を認め合うということが前提条件としてあるなら別だが、現実にそんなことはあるまい。限りなく不可能である。
外国人の参政権のことである。

地方の小人口の行政単位であれば、そこに大挙して外国人が住み着き、そこで選挙をしたら外国人が首長になり外国人が議会の多数派を占める組織ができてしまう可能性がある。
そこが独立を宣言したら、国内に外国ができるということになって、安寧が脅かされる。

寛容だの多様性だのを言い立てて、マスコミが参政権を認めろというのはかなり不見識であろう。
しかも、参政権を要求している外国人が、反日を口にして憚らない人たちであれば尚更のことではないか。
一般人に受けが良いような言い方でそれをさもさも正義のように煽るのは、どのような魂胆あってのことなのだろう。
日本人に帰化して参政権を得るのが筋ではないのか?

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