2018年8月20日月曜日

帝とは北極星のことなのだとか

天皇陛下は、ご譲位遊ばす前の最後の終戦記念日のお勤めを果たされた。
天皇のことを帝とお呼びするが、帝は御門のことだと辞書には出ている。直接名指すことは失礼だとして避けた、婉曲表現としての 天皇の別称なのだとの説明がなされている。
帝という文字ができた中国では、君主のことを天子と称する。天命により天下を治める「天帝の子」であるとの考え方からくるが、中国では天皇ではなく皇帝と称した。
皇帝という名の下、天の秩序を地上の施政に重ねて描こうとしたのも、その権威づけの為であったのだろう。
暦を作り、日月食などの天象をよく予測することは皇帝の専権事項であり、天の文を読み解くことは、徳高く天意に通じていなければならない天子にとって、世を導く上で疎かにはし得ない勤めであった。
徳を失ったと判断されれば国は滅ぼされ、次の王朝が興った。それは前王朝を根本から否定する易姓革命となった。
暦のためのこの重要な施設、霊台(天文台)は、天帝の都にも、現在のしし座の中に星座として置かれているのだという。
秦王が全中国を統一した後、王号に代え新たな称号を決めようとしたとき、初めて名乗った"皇帝"号は、帝という文字に拘ったのだという。
帝とは、天の中心にある北極星のことである。
自らの位が伝説上の帝達にも、また全ての上に君臨する皇天上帝の権威にも達することを宣言するものと言うことで、始皇帝と名乗った。
秦王朝の都は咸陽に置かれていた。帝国樹立後、咸陽宮から渭水という川を挟んで南岸に、より広壮な宮殿が造営される。この時、始皇帝は、天の秩序を写して新しい地上世界そのものを建設しようとした。

帝という漢字は、三本のたれた線をひとまとめに締めたさまを書いた漢字なのだという。
この意味から、宇宙の万物をまとめて総括するという意味を作り出した。
そして、帝という漢字に含まれる巾という漢字は、巾のように細くどこまでも続くという繁栄を表す意味が含まれているのだという。

日本国には易姓革命というのはない。天皇家は2600年以上一系で続いている世界最古の家系である。


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