2017年3月30日木曜日

個別の事象をつついているだけでは

小説の世界もそうであるし、日常の社会生活においてもそうであるが、ものごとには前後の経緯というものがあり、全体像として捉えて理解することが大事だということは当然である。

そんなことは改めて言うまでもないことだと思っていたが、そうばかりではないらしい。
マスコミの報道も、国会での議論もそうなのだと、大して意識もしないでいたが、このところいろいろ騒がれる問題が多いので、すこしばかり注意して読んだり聞いたりするようになった。

意外なことに、一部の言葉なり事象だけを切り取って、本来の実態とは違った意見を述べていることが沢山あるように思えてきた。
部分だけを抜き出してものをいえば、いかようにでもとれることは多い。場合によれば、捻じ曲げて批判の対象にすることだってできる。

法律にだって立法趣旨というのがあり、条文には書ききれないことは、それに基づいて理解する。
本意とか目的というものは、全体像の中にある。

自分の思惑に添うように編集したら、それしか情報源が無い人たちは簡単にミスリードされてしまう可能性だってある。
主張する人が基本的にはどういう立場をとっているのかとか、その媒体が普段からどのような傾向をもっているなかというくらいのことは予め理解しておかないと、引きずられて自分の判断を誤ることに繋がりかねないと感じる。
少ない情報量の中であっても、自分で考えて全体像を掴んでみる癖をつけることは必要である。

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