2017年4月6日木曜日

学ぶときでも取捨選択はした

我が国は、諸外国から多くを学んできた。遣唐使を廃止するまでに、中国から学んだことは多い。
しかし、何もかもそのまま取り入れることはなく取捨選択はしたし、取り入れたものはより良い形に発展させた。

宦官(かんがん)や纏足(てんそく)なぞ非人道的なものは、頭から無視した。
科挙の制度というのも取り入れなかった。
非常に難しい試験であったというが、それが人々の役にたったかどうかは疑わしい。
この制度をとりいれていた国は、いずれも近代化が遅れた。
難しい試験に合格して官吏になった能力のある人たちだったとは思うが、能力を使う方向が違っていたのだと思う。

刑罰というのも残虐である。股裂きの刑などは聞いたことがあると思う。
凌遅刑(りょうちけい)と呼ばれる、清の時代まで中国で行われた処刑の方法も取り入れなかった。斬首なぞは重さでいえば七番目くらいだという。
受刑者が簡単に死ぬことを許さず、生身の 人間の肉を少しずつ切り落とし、長時間にわたって激しい苦痛を与えたうえで死に至らす残酷極まりない 刑だったという。
歴代中国王朝が科した刑罰の中でも最も重い刑とされる。

併合する前の朝鮮でもこれが行われていて、日本が禁止するまで続いていた。
残虐さは、日本のいかなる時代でも、ここまでのものはなかったと思う。発想が違うのである。
歴史を学ぶときは、そういう背景も考えないと解らないことが多い。

0 件のコメント:

コメントを投稿