2016年4月16日土曜日

桜を美しいと感じたから日本全国に増えた

八重桜が満開ではありますが、桜の花が、そろそろ終わりを告げそうです。
この季節になると、毎年、さくら起源説を唱える国があるが、今年はさほどではなかったらしい。
腹なんぞ立てないで、ほっときましょう。

桜の種類というのは、おおまかに言って200種類もあるらしいが、そもそもの桜は、チベットが原産地であるというのは、遺伝子的に確定しているという。

今ある殆どの桜は、改良種ということになる。
中でも、ソメイヨシノは、エドヒガンザクラと、日本固有のオオシマザクラの交配によってできた桜で、種から増やすことができないから、挿し木や接ぎ木によって増やすしかない。
即ち、自生地などというものは存在しない。
にもかかわらず、原産地が彼の国であるとの主張を無理を承知でなぜか繰り返す。

日本人は、実はそんなことを言われても痛くもかゆくもない。事実は曲げようもない。
起源説などに、さして重要な意味を感じていないからかも知れない。

文化というものは、何か新しいものができたとき、それをいかにして生活に取り入れ発展させ、定着させていくか、ということである。
心に余裕がなければできません。
桜の花に美しさを感じた日本人は、全国津々浦々にそれを植えて増やした。
花の時季には花見を楽しみ、活花にもし、和歌にも詠み、絵を描き、着物の模様にも取り入れた。
美しいと感じることのできる感性が、桜文化を発展させ、それが世界にも広まった。

起源説など唱えたところで、それを役立てることが出来なければ、文明文化は発展しない。
そういう能力があるかないかということが、その後を分ける。

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