2016年4月23日土曜日

糸の乱れの苦しさに

「やあやあ遠からん者は音にも聞け 近くば寄って目にも見よ!」
講談本で合戦の場面になると、必ず目にした表現です。
雑兵(ぞうひょう)ならばいざしらず、ひとかどの武士は大音声で名乗りを上げ、正々堂々と戦ったのだということが解る。

前九年の役の戦の最中、北へ落ち行く安倍貞任を追撃する源義家が、貞任の鎧が傷んでいるのを見て、強弓に矢をつがえ狙いをつけながらもすぐには射ず、「衣の館(たて)はほころびにけり」と、和歌の下の句を投げかけた。
義家といえば海道一の弓取りとして知られ、射放した矢は鎧3枚重ねたものを突き抜けたという弓の名手。
貞任は、逃げながら馬上で振り返り 「年を経し糸の乱れのくるしさに」と、すかさず上の句を返した。

文字面の意味でいえば、「お主の鎧はボロボロではないか」と呼びかけたのに対し「長い戦いの結果だ」と詠んだということになる。
命のやりとりの最中であるのに、雅な教養のやりとりをしたことが素晴らしいとだけ習った。

しかし、和歌というものには含んでいる意味がある。
貞任は、律令制度が綻びたことで民が苦しんでいるから戦っているのだ、と返したことになる。
義家も瞬時にその意味を悟ったから、弓を下し、逃げるにまかせたという意味があると理解した方が良い。
昔の武将は、立場は違っても、民の為に戦っているのだという大義と信念が互いにあったのだということである。
そこに美学もある。

0 件のコメント:

コメントを投稿