2020年2月28日金曜日

悪想念を出し続けた結果


自国が発展するために力を合わせるというなら文句のつけようがないが、力を合わせて他国を貶めることに励んでいたから、二進も三進も行かなくなっているのではないのか。
それも、国として教え込んだ嘘歴史が抑えきれなくなって、世界中に異常性を知れ渡らせてしまったというオマケつきだから、今更手の打ちようがない。

一時期、彼の国も多少は正常な方向に向かうのではないかと思われた本も、「反日種族主義」というより「反日部族主義」ということまでにとどまったのではなかろうか。
エピローグの「109年前、国を一度失った民族です。その民族が未だにその国を失った原因が分からずにいるのであれば、もう一度失うのは大して難しいことではありません。」
と書かれていて、嘘に基づいた歴史主張に一滴を投じた勇気を日本人も評価したのだが、そこまでであったように感じる。彼の国が変わることがあるなどと信じている人は殆どいない。
触れられていないことがまだまだ多い。

独立運動家への拷問を再現した人形など「反日的展示」で有名な独立記念館があるが、朴正熙(パク・チョンヒ)の開発独裁路線を継承した全斗煥(チョン・ドゥファン)政権が、1982年に教科書問題が日本との外交問題となった際、国民的な募金運動を展開して作ったものである。展示内容には首をかしげざるをえないものが少なくないのだが、これも問題視されることはない。
そんな個々の例を挙げればきりがないが、日韓の関係が悪くなった根本原因に言及しなければ解決には結びつくまい。
日本が嫌韓運動をしているというが、韓国は教科書を使い国を挙げて反日捏造教育をしているのである。それを棚に上げて何だ!という気持ちの方が先に立つ。

嫌韓と言われるが、日本側が問題視して騒いでいるのは、「嘘を言うな」、「嘘に基づいて金を集るな」「約束は守れ」くらいのものであって、極めて正常なことの範疇に入る。過度な競争心で挑発してくることに対して、「身の程を知れ!」等とかの国の人を非難することはなかった筈である。
強いて言えば、「技術をパクルな」と「何故に日本が事実を主張することがヘイトだと決めつけられ、韓国人は何を言っても許されるのか」、というのが加わる。

先日もN〇Kが韓国に出かけて行って韓国人にインタビューしている番組があった。
制作番組であるから、持っていきたい方向への編集があっても不思議はないが、「日本人は悪くない。悪いのは歴史を重視しない日本の政府だ」と結論づけたいものばかりを集めていた。
この局では、何かにつけてニュース記事で日本と韓国を較べたがる。見ていれば判る。
韓国の方が良いと言いたいらしいが、それだったら何故に韓国の若者たちが自らの国を「ヘル朝鮮」と呼んで海外に移住したがるのか?
躍起になって彼の国を持ち上げようといかに番組で時間を費やそうと、根本原因が改善されない限り無駄だと思うが。

そう思いつつも、日本人として生まれて良かったと思えることがある。悪いのは全部他人のせいだとしてしまわず、本来の自分が果たすべき役割は何なのだろうと考え直す素養を育んでくれた国なのだと信じることができるからである。
そこに立脚しないでは、人として終わりだと思うからでもある。
何事をも可能にするという潜在意識のパワーは、自分と他人の区別をつけられないと言われる。
良いことを願っての結果はなかなか叶わないことが多いが、悪いことを願うと、それは意外なほど早くその結果をもたらす。
「人を呪わば穴二つ」というのは、経験則として知るに至ったことなのだと思う。

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