2020年2月7日金曜日

プロパガンダに弱い


流石に最近はそんなことを言う人はなくなったが、戦後まもなくは「三光作戦」ということがまことしやかに流布されていた。
「三光」とは、「殺光」「焼光」「搶光」を表し、それぞれ「殺しつくす」「焼きつくす」「奪いつくす」という意味の中国語である。
ところが、中国を転戦した日本軍の将兵の誰一人として 「三光作戦」などということを知らない。
中国のプロパガンダのお手伝いをした勢力が日本にあったのだという思いを強くする。
しかし、「三光作戦(政策)」なるものが、わが国で「歴史的事実」として取り扱われていた時期があったことは疑いない。
まず、終戦50年の節目の年(1995年)に発行された社会党 (当時)の「国会決議実現にむけて」とした約30ページのパンフレットには、公党としての社会党の「歴史認識」を記したものとして残る。
「過去に眼をとざすことはできない」とするタテ書きの副題を読めば、おおよその見当がつくように「ドイツは過去を清算した」のに、「日本は・・」というわけです。
日本は、ドイツのどこを見習えというのか?ドイツの対応の仕方をキチンと知った上で言っているとは思えない。日本の方がよっぽどまともなのだと思う。
その後この党の党首が後にわが国の総理大臣に就任し、「村山談話」として結実した。
南京虐殺につづく「三光作戦」は、次のように書いてある。
〈 また、日本軍は中国全域で三光(奪い、殺し、焼きつくす)作戦を展開し大きな被害を与え
るとともに、強制連行、強制労働などによっても膨大な犠牲者を出しています。〉

このようなことを言う前に、事実確認をどのようにしたと言えるのか?
そして、「ドイツの態度と対照的」とお決まりのコースへと話が進む。
ですが、少し勉強した人なら、いかに不勉強で、他からの受け売りをしているか見抜ける内容なのである。
ごく普通の常識を持つ大人ならば、「三光」なる言葉は日本語にはなく、明らかな中国語なのであるから、日本軍が「三光作戦」という作戦名を本当に使ったのかという疑問を持っていいはずなのであるが、これをしなかった。
この中国語でいう「光」は、 名詞として使う場合は日本語と同じ「、明かり」という意味になるが、結果補語として使った場合は「~しつくす、何も残っていない」という意味になる。
日本語にそんな使い方はない。明らかに中国のプロパガンダである。

日本は情報戦・諜報活動に弱い。嘘をつくことができないからでもある。
まずいことに、日本のマスコミはそういう問題を取り上げることが多い。
村山氏も個人の感想はともかくとして、歴史認識に個人感情を持ち込んだことで、国益を大きく損なった。どう考えても、歴史問題をきちんと勉強したとは思えない。
嘘からでたことはいずれ消えてゆく運命だとしても、消え去るまでの弊害が大きすぎる。
こんなことを言っていた政党が生き残ることができなくなっていったのは、当然であろう。

0 件のコメント:

コメントを投稿