2017年11月20日月曜日

台湾で有名だと言われる日本人「八田與一」

台湾南部の古都・台南市から東北にバスで1時間20分ほど行ったところに、台湾第2の烏山頭ダムというのがあるという。湖畔にはホテルが建ち、満々と水をたたえた湖水にはボートも浮かぶ観光地になっているという。
日本人が作ったこのダムは今も健在で、台湾の人々から感謝されている。
台湾には何回か訪れたことがあるが、ここには行ったことが無い。
このダムを見下ろす北岸に、「八田與一、外代樹之墓」と刻まれている日本式の墓があり、墓の前には作業着姿で腰を下ろし、片膝を立てた八田の銅像が建っているという。
墓も銅像も、このダムを造った八田與一を敬愛する地元農民が作ったものである。
大正時代、八田技師はここに住みついて10年もかけ命がけでダムを完成させた。
ということで、彼は今も尊敬されているのだという。
日本人でこれを知っている人は殆どいない。かくいう私も知らなかった。
八田が計画したダムは、満水時の貯水量1億5,000万トン。これは世界有数のアーチ式ダム、黒部ダムの75%に相当する。ダムの堰堤部の断面は台形で、頂部幅9メートル、底部幅33.3メートル、高さ51メートル。これを長さ1.35キロメートルにわたって、盛り土で作り上げる。土石を水圧で固めながら築造するという当時世界最新のセミ・ハイドロリック・フィル工法をわが国で初めて採用したものだとか。
烏山嶺を超えて、ダム湖に曽文渓の水を引くために、直径8メートル55センチ、長さ4キロメートルのトンネルを掘る。これで毎秒50トンの水を流し込む。当時のトンネルで最大のものは東海道線の熱海の丹那トンネルだったが、それよりも15センチ大きい規模だった。



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